寿司検定3級 ① 寿司の歴史

寿司のルーツから現代までの歩みを学ぶ分野です。魚の保存法として生まれた東南アジア起源の「なれずし」、室町時代の「生なれ」、江戸時代の醸造酢を使った「早ずし」、そして華屋与兵衛らが広めた江戸前握り寿司の誕生という流れが軸になります。関東大震災による全国普及、戦後の委託加工制度、白石義明が考案した回転寿司、海外でのSUSHIブームまで、時代ごとの転換点を押さえます。38問と最多クラスの出題数があり、人物名・年代・技法の由来をセットで整理することが得点の鍵です。

この分野の問題38問を、選択肢・正解・解説つきで掲載しています。まず自分で解答を考えてから「正解と解説を見る」を開いて答え合わせをしてください。

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1東南アジアのメコン川流域などを起源とする「なれずし」において、魚とともに漬け込まれる穀物として最も一般的なものはどれか。

  1. A
  2. Bトウモロコシ
  3. C小麦
  4. D大麦
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正解:A

なれずしは魚の保存のために米などの炭水化物の乳酸発酵を利用した東南アジア起源の食品です。

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2なれずしの起源とされる地域として「不適切なもの」は次のうちどれか。

  1. Aタイ北部
  2. Bインドネシア南部
  3. C中国雲南省
  4. Dラオス
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正解:Bインドネシア南部

なれずしの起源は東南アジアの淡水魚が生息するメコン川流域や中国雲南省などの内陸部とされています。

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3タイの伝統的な淡水魚の乳酸発酵食品で、日本のなれずしの原型とも言われる「酸っぱい魚」を意味する料理名はどれか。

  1. Aソムタム
  2. Bトムヤム
  3. Cプラーソム
  4. Dパッタイ
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正解:Cプラーソム

プラーソムの「プラー」は魚、「ソム」は酸っぱいを意味するタイの伝統的な発酵食品です。

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4中国最古の漢字辞典『説文解字』において、「鮨」という漢字はどのような食品として説明されているか。

  1. A魚の煮込み
  2. B酢で和えた魚
  3. C魚の干物
  4. D魚の塩辛
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正解:D魚の塩辛

『説文解字』では「鮨は魚の塩辛なり」と説明されており、古くは発酵食品を指していました。

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5平安時代の律令の施行細則である『延喜式』において、諸国から朝廷へ納められた「鮓」や「鮨」は主にどのような目的で扱われていたか。

  1. A神事や宮中行事の貢納品
  2. B一般庶民への配給品
  3. C外国の使節への贈り物
  4. D戦時の兵糧用の備蓄食
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正解:A神事や宮中行事の貢納品

『延喜式』には各地の特産物である「鮓・鮨」が税(庸・調)として貢納された記録があります。

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6奈良時代の平城宮跡などから発掘された木簡に「酢」の文字が見られることから、当時の調味料について言える歴史的事実として適切なものはどれか。

  1. A当時の「すし」にはすでに米酢が大量に使われていた
  2. B調味料としての酢が存在し宮廷などで管理されていた
  3. C平城京の一般庶民の間で酢の物料理が大流行していた
  4. D外国からの輸入調味料として珍重されていた
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正解:B調味料としての酢が存在し宮廷などで管理されていた

平城宮跡から「酢」の木簡が出土しており、当時から酢という調味料自体は存在していました。

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7平安時代までの「本なれ(なれずし)」において、魚とともに漬け込まれた米(飯)の最終的な扱いとして正しいものはどれか。

  1. A魚とともに美味しく食べた
  2. B乾燥させて次の発酵の種菌とした
  3. C粥状に溶けてしまうため取り除いた
  4. D家畜の飼料として再利用した
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正解:C粥状に溶けてしまうため取り除いた

初期のなれずしは長期間発酵させるため米は粥状に溶けて酸味が強く、主に魚を食べました。

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8室町時代に登場した「生なれ(なまなれ)」が、それ以前の「本なれ」と大きく異なる特徴として適切なものはどれか。

  1. A魚を一切使わずに野菜だけで漬け込む点
  2. B型に詰めて強い力で一晩中押し固める点
  3. C酢を大量に混ぜて発酵を完全に止める点
  4. D発酵期間を短くし、米も一緒に食べる点
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正解:D発酵期間を短くし、米も一緒に食べる点

生なれは発酵期間を数日から数週間に短縮し、酸味の出始めた米も一緒に食べる料理へと進化しました。

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9室町時代以降に「生なれ」が普及したことにより、すしの位置づけはどのように変化したと言われているか。

  1. A「保存食」から「ご飯を美味しく食べる料理」へ変化した
  2. B「高級宮廷料理」から「戦国武将の陣中食」へ変化した
  3. C「海の魚の料理」から「川の魚専門の料理」へ変化した
  4. D「年中行事の食事」から「毎日の常食」へ変化した
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正解:A「保存食」から「ご飯を美味しく食べる料理」へ変化した

米を捨てる「保存食」から、米も一緒に美味しく食べる「ご飯料理」への一大転換となりました。

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10江戸時代中期(1680年代頃)に登場した、醸造酢を使用することで発酵を待たずに作れるようになったすしの総称はどれか。

  1. A本なれ
  2. B早ずし
  3. C生なれ
  4. D一夜ずし
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正解:B早ずし

酢の酸味を利用して発酵期間を省略し、すぐに食べられるようにしたものを「早ずし」と呼びます。

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11江戸時代に「早ずし」が登場したことが、その後のすしの歴史において最大の変革とされる理由として「最も適切なもの」はどれか。

  1. A川魚ではなく完全に海の魚だけを扱うようになったから
  2. Bすしを家庭で手作りすることが禁止されたから
  3. C乳酸発酵の時間を待つ必要が劇的に無くなったから
  4. D海外へ輸出するための缶詰技術が生まれたから
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正解:C乳酸発酵の時間を待つ必要が劇的に無くなったから

お酢の普及により、数ヶ月〜数週間かかっていた発酵プロセスを省略できるようになりました。

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12江戸時代に早ずしの一種として関西地方を中心に大きく発展し、現代のバッテラなどの原型となったすしの技法はどれか。

  1. A握りずし
  2. Bちらしずし
  3. C手巻きずし
  4. D押しずし
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正解:D押しずし

関西では木箱に酢飯とネタを詰め、上から力をかけて押す「押しずし(箱ずし)」が発展しました。

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13江戸時代後半の文政年間(1820年代頃)に、江戸で現代のスタイルの「握り寿司」を考案し、大流行させたとされる人物は誰か。

  1. A華屋与兵衛
  2. B中野又左衛門
  3. C紀伊国屋文左衛門
  4. D堺屋松五郎
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正解:A華屋与兵衛

華屋与兵衛(または与兵衛寿し)が、江戸前寿司(握り)の創始者の一人として有名です。

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14華屋与兵衛らが考案した初期の江戸前握り寿司の特徴として、「不適切なもの」はどれか。

  1. A現代の握り寿司に比べてサイズが2〜3倍近く大きかった
  2. B砂糖を大量に使った甘みの強い酢飯が主流だった
  3. Cおむすび並みの大きさで、切り分けて食べることもあった
  4. Dネタには江戸湾(東京湾)で獲れた新鮮な魚介が使われた
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正解:B砂糖を大量に使った甘みの強い酢飯が主流だった

当時は赤酢と塩が中心で、現代のように砂糖を多く使った甘いシャリではありませんでした。

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15江戸時代に「握り寿司」が瞬く間に江戸の町で大ヒットし、広く普及した最大の社会的背景はどれか。

  1. A江戸の町にお洒落な高級料亭が急増したため
  2. B将軍家が健康食として幕府公認で推奨したため
  3. C気が短く、早く食事を済ませたい労働者が多かったため
  4. D米の凶作により、米を少量しか使わない料理が求めたため
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正解:C気が短く、早く食事を済ませたい労働者が多かったため

江戸の町は職人や独身の労働者が多く、手軽に素早く食べられるファストフードとして愛されました。

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16江戸時代、握り寿司が主にどのような形態で販売され、庶民に親しまれていたか。

  1. A街道沿いに並ぶ「宿場町の本陣」
  2. B寺院の境内に設けられた「臨時の茶屋」
  3. C完全予約制の「会員制料亭」
  4. D天秤棒で担ぐ「移動式の屋台」や小規模な「立ち食い屋台」
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正解:D天秤棒で担ぐ「移動式の屋台」や小規模な「立ち食い屋台」

江戸の握り寿司は、主に屋台でサッと立ち食いするスタイルからスタートし普及しました。

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17江戸時代の「江戸前寿司」という名称の本来の由来として、最も適切な事実はどれか。

  1. A江戸城の目の前にある「江戸湾(東京湾)」で獲れた魚介をネタにしたから
  2. B江戸の町で最も流行していた「前衛的な(新しい)」料理だったから
  3. C歌舞伎の舞台の「前座(前の時間)」に客席で食べるものだったから
  4. D関西の押しずしに対して「江戸がリードしている(前を行く)」という意味から
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正解:A江戸城の目の前にある「江戸湾(東京湾)」で獲れた魚介をネタにしたから

江戸城の前面に広がる海(現在の東京湾)で獲れた活きの良い魚介を使ったことから「江戸前」と呼ばれました。

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18江戸時代の握り寿司において、現代の生醤油をそのままつけるスタイルとは異なり、ネタに施されていた調理の工夫として「不適切なもの」はどれか。

  1. A酢や塩で締める(コハダなど)
  2. B油でカラリと揚げる(エビなど)
  3. C特製の煮醤油を塗る(マグロなど)
  4. Dタレで煮込む(穴子など)
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正解:B油でカラリと揚げる(エビなど)

当時は冷蔵技術がないため、締める、煮る、漬ける、などの仕事(保存性と旨味を高める調理)が必須でした。

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19江戸前寿司において、古くからシャリの味付けに「赤酢」が好まれて使われた理由として、歴史的に正しい事実はどれか。

  1. A当時の幕府がコメを原料とする米酢の製造を全面的に禁止したから
  2. B江戸の庶民が視覚的に赤いご飯を縁起が良いと好んだから
  3. C酒粕を原料とする赤酢は、米酢に比べて安価で手に入りやすかったから
  4. D海外からの輸入量が最も多い酢だったから
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正解:C酒粕を原料とする赤酢は、米酢に比べて安価で手に入りやすかったから

尾張のミツカン(中野又左衛門)などが開発した酒粕を原料とする赤酢は、安価で旨味が強く江戸前寿司に最適でした。

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20江戸時代に生まれた握り寿司の「一貫」という数え方の由来について、歴史的な背景に基づく説明として最も適切なものはどれか。

  1. A魚を一匹丸ごと裁いて使い切るという意味の「一完了」からきている
  2. B当時の将軍が一回のお食事で召し上がる寿司の総量から定められた
  3. Cすしを握る際の手のひらの「貫禄(かんろく)」から名付けられた
  4. D当時の通貨(穴あき銭)を紐で通した「一貫」の重さや価値に由来する説など諸説ある
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正解:D当時の通貨(穴あき銭)を紐で通した「一貫」の重さや価値に由来する説など諸説ある

通貨の単位や、その重さ・大きさに由来するなど諸説ありますが、歴史的には銭の単位(一貫)に関連する説が有力です。

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21明治時代以降、屋台中心だった握り寿司が徐々に「店舗(内店)」へと移行していった背景として、最も適切な事実はどれか。

  1. A都市の近代化や道路の整備、衛生面への配慮から屋台が制限されたため
  2. B明治政府が屋台での現金商売を全面的に禁止したため
  3. C魚の養殖技術が完成し、大きな店舗でしか扱えなくなったため
  4. D屋台ではお酢の使用が禁止される法律ができたため
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正解:A都市の近代化や道路の整備、衛生面への配慮から屋台が制限されたため

明治以降、市区改正や衛生意識の高まりにより、道路上の屋台は徐々に制限され、店舗化が進みました。

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22明治時代から大正時代にかけての「製氷技術の進歩」と「冷蔵庫の普及」が、寿司業界にもたらした最も大きな変化はどれか。

  1. Aすべての寿司ネタを一度凍らせてから解凍して使うようになった
  2. B生鮮魚介の保存性が高まり、加熱や酢締めをしない「生のネタ」が増えた
  3. C酢飯に氷を混ぜて冷やす「冷やしシャリ」が流行した
  4. Dすしの調理をすべて機械による自動化に切り替えることができた
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正解:B生鮮魚介の保存性が高まり、加熱や酢締めをしない「生のネタ」が増えた

天然氷や人工氷による冷却が可能になり、それまで必須だった「火を通す・締める」以外の生の刺身をネタにできるようになりました。

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231923年(大正12年)に発生した関東大震災が、全国の寿司の歴史に与えた構造的な影響として正しい事実はどれか。

  1. A関西の押しずし職人が東京に大量に流入し、江戸前寿司がすべて押しずしに変わった
  2. B震災により東京湾の魚が獲れなくなり、江戸前寿司の歴史が一度完全に途絶えた
  3. C江戸前寿司の職人たちが被災し、全国へ移住したことで握り寿司が各地に広まった
  4. D震災復興の炊き出しとして、初めて「回転寿司」のシステムが考案された
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正解:C江戸前寿司の職人たちが被災し、全国へ移住したことで握り寿司が各地に広まった

震災で被災した東京の寿司職人が故郷や地方都市に移り住み、店を開いたことで、江戸前握り寿司が全国へ急速に普及しました。

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24第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)、食糧難による飲食営業緊急措置令下で、寿司店が営業を継続するために導入された制度はどれか。

  1. A米穀配給特別営業許可制度
  2. B飲食税免除特例制度
  3. C闇市営業黙認制度
  4. D委託加工制度(加工寿司米交換制)
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正解:D委託加工制度(加工寿司米交換制)

客が持参した米を加工賃を取って寿司に握って返す「委託加工」の形で営業が認められました。

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25昭和20年代の「委託加工制度」によって全国一斉に同じルールですしが作られた結果、日本の寿司文化に起因した現象として正しいものはどれか。

  1. A東京スタイルの「握り寿司」の規格が全国的な標準として定着した
  2. B全国でそれまで主流だった郷土ずしが完全に絶滅した
  3. Cすしに米を使うことが禁止され、おからを使ったすしが定着した
  4. D寿司店がすべて国営のチェーン店に統合された
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正解:A東京スタイルの「握り寿司」の規格が全国的な標準として定着した

持参するコメの量と引き換える寿司のサイズや数が全国一律で定められたため、江戸前の握り寿司のスタイルが全国の標準となりました。

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261958年(昭和33年)、大阪で世界初となる回転寿司店「元禄寿司」を開業し、回転寿司の生みの親として知られる人物は誰か。

  1. A藤田田
  2. B白石義明
  3. C西村昭男
  4. D安藤百福
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正解:B白石義明

元禄産業の創業者である白石義明氏が、ビール工場のベルトコンベアから着想を得て「旋回式食事台」を開発しました。

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27回転寿司の創始者が、レーンを循環する寿司のシステムを思いついたインスピレーションの源はどこにあるか。

  1. A自動車工場の組み立てライン
  2. B遊園地の観覧車の回転運動
  3. Cビール工場のベルトコンベア運搬ライン
  4. D製粉工場の小麦粉攪拌機
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正解:Cビール工場のベルトコンベア運搬ライン

アサヒビールの工場見学の際、ビール瓶がベルトコンベアで運ばれるのを見て、寿司に応用することを思いつきました。

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281970年(昭和45年)に開催された大阪万国博覧会(大阪万博)が、回転寿司の発展において果たした歴史的役割として適切なものはどれか。

  1. A万博の公式食として、回転寿司が日本政府から表彰された
  2. B万博のパビリオンとして「全自動寿司ロボット」が初めて一般公開された
  3. C万博を機に、回転寿司のレーンがすべて右回りから左回りに統一された
  4. D万博会場に出店したことで、回転寿司というシステムが全国的・世界的に認知された
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正解:D万博会場に出店したことで、回転寿司というシステムが全国的・世界的に認知された

大阪万博の「元禄寿司」出店は大盛況となり、日本全国や海外からの客に回転寿司の知名度を一気に広める契機となりました。

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29昭和後期から平成にかけて、寿司職人の養成を目的とした専門の「寿司学校」が登場した背景として、最も適切な理由はどれか。

  1. A伝統的な「飯炊き3年、握り8年」といった長期間の徒弟制度・修業期間を短縮するため
  2. B国家資格である「公認寿司師」の免許を取得することが法律で義務付けられたため
  3. C寿司の調理に高度な化学実験や分子調理の知識が必要になったため
  4. Dすべての寿司職人に英語やフランス語の語学講習を義務付けるため
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正解:A伝統的な「飯炊き3年、握り8年」といった長期間の徒弟制度・修業期間を短縮するため

職人の世界ならではの長い下積みの時間を、体系的なカリキュラムで短期間に凝縮して学べる場として需要が高まりました。

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301980年代以降、アメリカを中心に海外で「カリフォルニアロール」などの創作寿司が誕生・定着していった理由として「不適切なもの」はどれか。

  1. A生の魚や、黒い海苔を外側に巻くスタイルへの抵抗感をなくすため
  2. B日本の農林水産省が海外での生魚の使用を全面的に禁止したため
  3. Cアボカドやマヨネーズといった現地の人々に馴染みのある食材を使ったため
  4. D健康的でヘルシーな和食(SUSHI)としてのブームに乗ったため
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正解:B日本の農林水産省が海外での生魚の使用を全面的に禁止したため

海外独自のロール寿司は、現地の人々が食べやすいよう現地の料理人や寿司職人が工夫して生まれたものであり、国による禁止令ではありません。

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31「すし」を漢字で表す際、それぞれの表記が持つニュアンスや歴史的背景に関する説明として「正しくないものはどれか(ひっかけ)」

  1. A「鮓」の漢字は、主に魚を塩と米で漬け込んだ古い発酵ずしの歴史に由来する
  2. B「寿司」の漢字は、江戸時代後半に縁起を担いで「寿(ことぶき)を司(つかさど)る」と当てた当て字である
  3. C「鮨」の漢字は、「魚」偏に「旨い」と書くことから、江戸時代に日本で作られた国字である
  4. D「すし」の語源は、熟成して酸っぱくなったことを意味する「酸し(すし)」に由来するのが通説である
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正解:C「鮨」の漢字は、「魚」偏に「旨い」と書くことから、江戸時代に日本で作られた国字である

「鮨」は中国の非常に古い文献(説文解字など)にも登場する漢字であり、日本で作られた国字(和製漢字)ではありません。

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32寿司の発展の歴史において、マグロの「トロ」が高級なネタとして扱われるようになった時期として正しいものはどれか。

  1. A江戸時代初期のなれずしの時代
  2. B江戸時代後期の屋台寿司の誕生時
  3. C明治時代の氷冷蔵庫の普及時
  4. D昭和以降の低温冷凍技術や輸送網の発展以降
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正解:D昭和以降の低温冷凍技術や輸送網の発展以降

江戸時代、脂の多いトロは傷みやすいため捨てられるか安値で売られており、戦後の冷凍技術や日本人の食生活の変化により高級品となりました。

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331950年代(昭和20年代後半)に誕生し、日本の持ち帰り寿司ブームの先駆けとなった、セントラルキッチン方式を導入したチェーンはどれか。

  1. A京樽
  2. B小僧寿し
  3. Cスシロー
  4. Dくら寿司
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正解:A京樽

京樽は1950年代に上方鮨の持ち帰り専門チェーンとして発展し、持ち帰り寿司ブームの先駆けとなりました。

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34現代の寿司チェーン店などで導入されている「寿司ロボット(自動シャリ握り機)」が初めて実用化され、市場に登場した年代として正しいものはどれか。

  1. A1960年代(昭和30年代)
  2. B1980年代(昭和55年以降)
  3. C2000年代(平成12年以降)
  4. D2020年代(令和以降)
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正解:B1980年代(昭和55年以降)

1981年(昭和56年)に鈴茂器工が世界初の「全自動寿司ロボット」を開発し、寿司の低価格化や大衆化に大きく貢献しました。

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35江戸前寿司の代表的な仕込み技法である「湯引き(湯洗い)」の説明として、適切なものはどれか。

  1. Aネタを熱湯に数時間漬け込んで中まで完全に火を通すこと
  2. Bシャリに使うお米を炊く前に熱湯で綺麗に洗うこと
  3. C魚の皮目に熱湯をサッとかけ、すぐに氷水で冷やして皮を柔らかくし旨味を閉じ込めること
  4. Dガリ(生姜)の辛みを抜くために、一晩中お湯に浸しておくこと
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正解:C魚の皮目に熱湯をサッとかけ、すぐに氷水で冷やして皮を柔らかくし旨味を閉じ込めること

湯引き(霜降り)は、皮と身の間にある旨味を活かすため、皮目に一瞬熱湯をかけて冷やす江戸前の伝統的な技法です。

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36江戸時代から昭和初期にかけて、寿司の出前や持ち帰りの際に使われ、現代でも高級寿司店のお土産の定番となっている天然の包装資材はどれか。

  1. Aプラスチック容器
  2. Bパラフィン紙
  3. Cアルミ箔
  4. D経木(薄く削った木の板)や笹の葉
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正解:D経木(薄く削った木の板)や笹の葉

抗菌作用や適度な保湿効果がある「経木(きょうぎ)」や「笹の葉・バラン」は、寿司の保存と運搬に欠かせない伝統資材です。

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37「江戸前寿司(握り)」が誕生したことで、それ以前の「なれずし」や「押しずし」と比較して最も劇的に「短縮」されたプロセスはどれか。

  1. A製造(発酵・圧着)から提供、喫食までの時間
  2. B酢飯をお米から炊き上げる時間
  3. C食べる人が口に入れてから飲み込むまでの時間
  4. D魚を海から漁獲するまでの時間
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正解:A製造(発酵・圧着)から提供、喫食までの時間

数ヶ月の発酵や、数時間の圧着を必要とした従来のすしに対し、その場で握って数秒で提供できる圧倒的なスピード感が最大の特徴でした。

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38寿司の歴史に関する記述のうち、「誤っているもの」はどれか。

  1. Aなれずしは、もともと魚の長期保存のために生まれた知恵である
  2. B江戸時代の握り寿司は、最初から現代のような高級な座敷の店舗で食べられていた
  3. C関東大震災は、江戸の寿司文化が全国へ広がる契機となった
  4. Dカリフォルニアロールは、アメリカの食文化に合わせて現地で進化したすしである
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正解:B江戸時代の握り寿司は、最初から現代のような高級な座敷の店舗で食べられていた

江戸前の握り寿司は、手軽な「屋台」のファストフードとして誕生し、のちに高級な店舗へと発展していきました。

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