世界遺産検定3級 ⑥ アメリカ・アフリカ・オセアニアの文明と植民地化

南北アメリカ・アフリカ・オセアニアの文明と、ヨーロッパによる植民地化の影響を受けた遺産を学ぶ分野です。

この分野の問題50問を、選択肢・正解・解説つきで掲載しています。まず自分で解答を考えてから「正解と解説を見る」を開いて答え合わせをしてください。

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376インカ帝国によってアンデス山脈の標高約2,400mに建設された空中都市はどれか。

  1. Aクスコ
  2. Bティカル
  3. Cマチュ・ピチュ
  4. Dテノチティトラン
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正解:Cマチュ・ピチュ

15世紀にインカ帝国によって建設されたマチュ・ピチュは、アンデス山脈上部の尾根に築かれた都市遺跡です。

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377「マチュ・ピチュ」という名前は、現地のケチュア語でどのような意味をもつか。

  1. A太陽の神殿
  2. B若い峰
  3. Cコンドルの巣
  4. D老いた峰
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正解:D老いた峰

マチュ・ピチュはケチュア語で「老いた峰」という意味で、背後にあるワイナ・ピチュは「若い峰」を意味します。

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378マチュ・ピチュに残る「インティワタナ」とは、何を行うための施設と考えられているか。

  1. A生贄の儀式を行う祭壇
  2. B太陽を繋ぐ儀式が行われた日時計
  3. C雨水を貯めるための巨大な水槽
  4. D王族のミイラを安置する墓所
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正解:B太陽を繋ぐ儀式が行われた日時計

インティワタナは「太陽を繋ぐ石」という意味をもち、日時計としての役割を果たしたと考えられています。

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379マチュ・ピチュの「太陽の神殿」にある窓は、何を観測するために設けられたとされているか。

  1. A夏至と冬至
  2. B春分と秋分
  3. C日食と月食
  4. D金星と火星
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正解:A夏至と冬至

太陽の神殿には夏至と冬至を観測できる窓があり、太陽信仰において重要な役割を果たしていました。

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380マチュ・ピチュがスペイン人コンキスタドール(征服者)に破壊されず、手付かずで残った理由はどれか。

  1. Aスペイン人が到着する前に住民が自ら破壊したため
  2. B厚い氷河に覆われて発見されなかったため
  3. Cスペイン人が発見できなかったほど奥地にあったため
  4. Dスペイン王室が特別に保護を命じたため
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正解:Cスペイン人が発見できなかったほど奥地にあったため

スペイン人の侵略を逃れ、1911年にハイラム・ビンガムに発見されるまで密林に隠されていたため無傷で残りました。

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381インカ帝国において、文字の代わりとして情報を記録・伝達するために用いられたものは何か。

  1. A粘土板
  2. B甲骨文字
  3. Cキープ(結び目)
  4. Dパピルス
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正解:Cキープ(結び目)

インカ帝国は文字をもたない高度な文明であり、紐の結び目である「キープ」によって数量などを記録しました。

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382メキシコのユカタン半島北部にある「チチェン・イツァ」は、どのような文明の遺跡か。

  1. Aアステカ文明とインカ文明
  2. Bマヤ文明とトルテカ文明
  3. Cオルメカ文明とテオティワカン文明
  4. Dナスカ文明とモチェ文明
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正解:Bマヤ文明とトルテカ文明

チチェン・イツァは、マヤ文明とその後メキシコ中央部から流入したトルテカ文明が融合した都市遺跡です。

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383チチェン・イツァにおいて、雨乞いや生贄の儀式が行われたとされる「セノーテ」とは何か。

  1. A巨大なピラミッド
  2. B球戯場
  3. C地下泉(石灰岩の陥没穴)
  4. D天文台
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正解:C地下泉(石灰岩の陥没穴)

セノーテは石灰岩の地層が陥没してできた地下泉で、マヤ語でチチェン・イツァは「泉のほとり」を意味します。

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384チチェン・イツァにある「カラコル」と呼ばれるカタツムリ型の建造物は、何として使われていたか。

  1. A王族の住居
  2. B天文台
  3. C穀物の貯蔵庫
  4. D武器庫
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正解:B天文台

カラコルはマヤ文明の高度な天文知識を示す天文台であり、マヤ暦の計算などに使われました。

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385「エル・カスティーリョ」と呼ばれるククルカン神殿の階段の合計数「365」が表しているものはどれか。

  1. Aマヤ暦の1年
  2. B生贄にされた人々の数
  3. C都市に住む貴族の数
  4. D王室の財宝の数
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正解:Aマヤ暦の1年

四方の階段(各91段)と最上段の神殿を合わせると365になり、マヤ暦の1年を表しています。

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386エル・カスティーリョで春分の日と秋分の日に見られる「ククルカンの降臨」とはどのような現象か。

  1. A太陽の光でピラミッドが黄金色に輝く現象
  2. B階段の側壁に巨大な蛇の影が浮かび上がる現象
  3. C頂上の神殿から青い水が流れ出す現象
  4. D太陽がピラミッドの真上に完全に重なる現象
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正解:B階段の側壁に巨大な蛇の影が浮かび上がる現象

春分と秋分の日没時に、階段の側壁にピラミッドが祀る豊穣の神(蛇神)ククルカンの姿が影となって現れます。

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387約900体のモアイ像で知られる「ラパ・ニュイ国立公園」があるチリの島は、一般的に何と呼ばれているか。

  1. Aイースター島
  2. Bガラパゴス諸島
  3. Cタヒチ島
  4. Dハワイ島
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正解:Aイースター島

1722年のイースター(復活祭)の日にオランダ人が発見したことから、イースター島と呼ばれています。

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388ラパ・ニュイ(イースター島)に10世紀ごろに移住し、モアイ建造を始めたとされる人々は誰か。

  1. A短耳族
  2. B長耳族
  3. Cケチュア族
  4. Dアボリジニ
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正解:B長耳族

ポリネシア系の長耳族が移住し、アフと呼ばれる祭壇の上にモアイ像を建造しました。

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38916世紀ごろにラパ・ニュイで起こった、部族間の衝突によってモアイ像を倒し合った出来事を何というか。

  1. Aインティ・ライミ
  2. Bフリ・モアイ
  3. Cコンキスタドール
  4. Dレコンキスタ
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正解:Bフリ・モアイ

人口増加による食糧難や部族間の対立から、互いのモアイを倒し合う「フリ・モアイ」が起こりました。

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390ラパ・ニュイのオロンゴ岬に残る、最高神マケマケに捧げる祭事場で行われていた儀礼はどれか。

  1. A鳥人儀礼
  2. B太陽儀礼
  3. C蛇神儀礼
  4. D雨乞い儀礼
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正解:A鳥人儀礼

島の南西部のオロンゴ岬には、先住民の信仰対象である最高神マケマケに捧げる鳥人儀礼の跡が残っています。

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391ペルー南部にある「ナスカとパルパの地上絵」が、約2000年以上も消えずに残った最大の理由はどれか。

  1. A強力な接着剤で地面がコーティングされていたため
  2. B年間降水量が極めて少なく、乾燥した気候だったため
  3. C深い森に覆われて風雨から守られていたため
  4. D地元住民が定期的に描き直していたため
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正解:B年間降水量が極めて少なく、乾燥した気候だったため

この地域は年間降水量が極めて少なく、描かれた線が雨で流されることなく現代まで残りました。

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392ナスカの地上絵を1946年から本格的に調査し、その保護に生涯を捧げたドイツ人数学者は誰か。

  1. Aハイラム・ビンガム
  2. Bマリア・ライヘ
  3. Cハワード・カーター
  4. Dアンリ・ムオ
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正解:Bマリア・ライヘ

ドイツ人数学者マリア・ライヘの長年の調査により、地上絵の詳細が明らかになり保護区域に指定されました。

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393ナスカの地上絵に描かれている動植物のモチーフとして、実際に存在しないものはどれか。

  1. Aハチドリ
  2. Bコンドル
  3. Cライオン
  4. Dサル
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正解:Cライオン

ハチドリ、コンドル、ペリカン、サル、クモなどは描かれていますが、ライオンは描かれていません。

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394北京の故宮(紫禁城)を1421年に完成させ、北京に遷都した明の皇帝は誰か。

  1. A洪武帝
  2. B永楽帝
  3. C康熙帝
  4. D乾隆帝
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正解:B永楽帝

明の第3代皇帝である永楽帝が1421年に北京へ遷都した際、居城として紫禁城を完成させました。

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395北京の故宮の中心にあり、皇帝の即位など重要な儀式が行われた現存する中国最大の木造建築はどれか。

  1. A中和殿
  2. B保和殿
  3. C天壇
  4. D太和殿
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正解:D太和殿

故宮の外朝の中心にある太和殿は、皇帝即位の儀式などが行われた現存する中国最大の木造建築です。

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396瀋陽の故宮を建設した、のちに清王朝を打ち立てる後金(女真族)の創始者は誰か。

  1. Aチンギス・ハン
  2. Bヌルハチ
  3. Cフビライ・ハン
  4. D孫文
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正解:Bヌルハチ

後金の創始者ヌルハチとその子ホンタイジによって、瀋陽に小規模な宮殿が建設されました。

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397瀋陽の故宮に見られる、複数の民族の宗教や文化が融合した建築様式の特徴として正しい組み合わせはどれか。

  1. A漢族、モンゴル族、チベット族、アラブ族
  2. B満州族、漢族、モンゴル族、チベット族
  3. C満州族、朝鮮族、ウイグル族、アラブ族
  4. D漢族、チベット族、ペルシャ族、トルコ族
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正解:B満州族、漢族、モンゴル族、チベット族

瀋陽の故宮は、遊牧民族である満州族に加え、漢族、モンゴル族、チベット族の様式が融合しています。

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3981802年から1945年までベトナム中部に存在し、フエを首都とした王朝はどれか。

  1. A李朝
  2. B陳朝
  3. Cグエン(阮)朝
  4. Dアンコール朝
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正解:Cグエン(阮)朝

ベトナム中部のフエは、1802年から1945年のグエン朝時代に同国の首都として栄えました。

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399フエの城壁に見られる、フランス軍の影響を受けた星型の防衛施設の築城方法を何というか。

  1. Aヴォーバン式
  2. Bルネサンス式
  3. Cバロック式
  4. Dゴシック式
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正解:Aヴォーバン式

フエの城壁には、フランスの要塞建築家ヴォーバンに由来する「ヴォーバン式」の築城方法が用いられています。

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400フエの「カイディン帝陵」に見られる、伝統的なベトナム様式と西洋のバロック様式などが入り交じった建築の特徴を何というか。

  1. A純和風建築
  2. Bフランス折衷
  3. Cゴシック建築
  4. Dビザンツ様式
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正解:Bフランス折衷

フランス保護領下で築かれたカイディン帝陵は、バロック様式などを用いたフランス折衷(東西折衷)の建築です。

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401サハラ砂漠南端の都市トンブクトゥが、マリ帝国の時代に繁栄した主な交易品は何か。

  1. A絹と茶
  2. B香辛料と綿花
  3. C金と岩塩
  4. D銀と鉄
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正解:C金と岩塩

トンブクトゥはサハラ砂漠の岩塩とニジェール川の金の交易の中継地として栄え、「黄金の都」と称されました。

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402トンブクトゥが16世紀に最盛期を迎えた際、都市を支配していた帝国はどれか。

  1. Aマリ帝国
  2. Bソンガイ帝国
  3. Cオスマン帝国
  4. Dアクスム王国
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正解:Bソンガイ帝国

トンブクトゥは、16世紀にはソンガイ帝国の支配下で最盛期を迎えました。

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403トンブクトゥにある「マドラサ」とはどのような施設か。

  1. A王族の住居
  2. Bイスラムの高等教育機関
  3. Cキリスト教の教会
  4. D奴隷の収容所
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正解:Bイスラムの高等教育機関

16世紀のトンブクトゥは西アフリカ最大のイスラム都市となり、マドラサ(高等教育機関)が置かれました。

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404トンブクトゥにあるサンコーレ・モスクやジンガリベリ・モスクの建築に用いられている主な素材は何か。

  1. A大理石
  2. B花崗岩
  3. C木材
  4. D泥(日干しレンガ)
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正解:D泥(日干しレンガ)

トンブクトゥのモスクは木組みに泥を塗って造られており、砂漠の過酷な環境に適応した泥塗り建築です。

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405トンブクトゥが2012年に危機遺産リストに記載された直接的な理由はどれか。

  1. A大地震による建物の倒壊
  2. B深刻な洪水被害
  3. Cイスラム原理主義者による遺産の破壊
  4. D大規模な山火事
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正解:Cイスラム原理主義者による遺産の破壊

砂漠化の進行に加え、2012年にはイスラム原理主義者による遺産破壊などを理由に危機遺産に記載されました。

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406メッカ巡礼の途上でエジプトなどに大量の金をばらまき、トンブクトゥの富を世界に知らしめたマリ帝国の王は誰か。

  1. Aマンサ・ムーサ王
  2. Bスンジャタ・ケイタ
  3. Cアメンホテプ4世
  4. Dラムセス2世
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正解:Aマンサ・ムーサ王

14世紀初めにマリ帝国の王マンサ・ムーサがメッカ巡礼の途上で大量の金を使い、「黄金の都」の伝説が広まりました。

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407ジンバブエ高原の南端に位置し、13世紀から15世紀にかけて栄えた石造建築の都市遺跡はどれか。

  1. Aトンブクトゥ
  2. B大ジンバブエ遺跡
  3. Cカルタゴ
  4. Dアブ・シンベル
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正解:B大ジンバブエ遺跡

大ジンバブエ遺跡は、金交易で繁栄した石造建築による都市遺跡です。

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408大ジンバブエ遺跡を築いたとされるアフリカの先住民は誰か。

  1. Aズールー族
  2. Bショナ族
  3. Cマサイ族
  4. Dトゥアレグ族
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正解:Bショナ族

13世紀にショナ族が築いた石造建築の都市遺跡であり、高度な石積みの技術が見られます。

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409大ジンバブエ遺跡の中で、丘の上に築かれた宗教的な中心施設はどれか。

  1. A神殿
  2. Bカラコル
  3. Cアクロポリス
  4. Dセノーテ
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正解:Cアクロポリス

「アクロポリス」と呼ばれる丘の上の遺跡は、神殿を見下ろす位置にあり宗教的な拠点であったと考えられています。

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410大ジンバブエ遺跡の中で、谷に築かれた巨大な楕円形の石壁に囲まれた施設はどれか。

  1. Aアクロポリス
  2. B王宮
  3. C神殿
  4. D闘技場
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正解:C神殿

「神殿」と呼ばれる施設は、谷に築かれた巨大な楕円形の石壁で囲まれた建造物です。

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411国名にもなっている「ジンバブエ」という言葉は、現地のショナ語でどのような意味をもつか。

  1. A黄金の都
  2. B石の家
  3. C偉大なる川
  4. D太陽の昇る地
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正解:B石の家

「ジンバブエ」はショナ語で「石の家」を意味し、この地の遺跡そのものに由来しています。

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412オーストラリア大陸中央部にある巨大な一枚岩「ウルル」は、一般的に何という名前で知られてきたか。

  1. Aエアーズ・ロック
  2. Bグランド・キャニオン
  3. Cマウント・クック
  4. Dイエローストーン
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正解:Aエアーズ・ロック

ウルルはオーストラリア大陸中央部に位置し、かつてはエアーズ・ロックと呼ばれていました。

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413ウルルの岩肌が赤く見える科学的な理由はどれか。

  1. A夕日の光だけを反射する特殊な鉱石のため
  2. B赤い苔が表面を覆っているため
  3. C含有する鉄分が酸化しているため
  4. D赤い火山灰が降り積もっているため
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正解:C含有する鉄分が酸化しているため

岩石に含まれる鉄分が酸化しているため、ウルルの岩肌は赤く見えます。

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414ウルルは巨大な一枚岩として世界で何番目の大きさをもつか。

  1. A世界で1番目
  2. B世界で2番目
  3. C世界で3番目
  4. D世界で5番目
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正解:B世界で2番目

ウルルはオーストラリア大陸中央部に位置する巨大な一枚岩として知られています。

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415ウルルの西側に位置し、36の巨大な岩が並ぶ奇岩群を何というか。

  1. Aカタ・ジュタ
  2. Bグレート・バリア・リーフ
  3. Cカカドゥ
  4. Dブルー・マウンテンズ
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正解:Aカタ・ジュタ

カタ・ジュタはウルルの西側に位置する36の巨岩が並ぶ地域で、国立公園の一部として登録されています。

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416ウルルとカタ・ジュタを古くから聖地として守ってきたオーストラリアの先住民(アボリジニ)の部族名はどれか。

  1. Aマオリ族
  2. Bイヌイット
  3. Cアナング族
  4. Dシェルパ族
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正解:Cアナング族

この土地はアボリジニのアナング族の聖地であり、岩壁には神話や狩猟方法などを描いた絵が残されています。

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417ウルル・カタ・ジュタ国立公園が複合遺産として登録される際、自然遺産の基準に加えて新たに認められた概念はどれか。

  1. A負の遺産
  2. Bシリアル・ノミネーション
  3. Cトランスバウンダリー・サイト
  4. D文化的景観
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正解:D文化的景観

アナング族の伝統的な生活が営まれてきた点が評価され、文化的景観が認められて複合遺産として拡大登録されました。

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418北京の故宮の「内廷」に属し、皇帝の私的な居住空間であった建物はどれか。

  1. A太和殿
  2. B中和殿
  3. C乾清宮
  4. D保和殿
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正解:C乾清宮

故宮は外朝と内廷に分かれており、太和殿は外朝、乾清宮などは皇帝の居住空間である内廷にあたります。

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419マチュ・ピチュの段々畑(アンデネス)がもたらした効果として正しいものはどれか。

  1. A都市の防衛線を強化する役割
  2. B太陽の光を集めて暖をとる役割
  3. C水はけを良くして土砂崩れを防ぎ、耕作地を確保する役割
  4. D敵の侵入を監視するための見張り台の役割
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正解:C水はけを良くして土砂崩れを防ぎ、耕作地を確保する役割

斜面に造られた段々畑は、水はけの層が計算して造られており、農地の確保と同時に土砂崩れを防ぐ役割がありました。

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420チチェン・イツァのエル・カスティーリョ(ククルカン神殿)の階段に現れる蛇の影は、ククルカンが何をする姿を表しているか。

  1. A天へ昇る姿
  2. B地上へ降臨する姿
  3. C敵を喰らう姿
  4. D脱皮をする姿
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正解:B地上へ降臨する姿

春分と秋分の日没時に、豊穣の神であるククルカン(羽毛のある蛇)が天から降臨する姿が影として浮かび上がります。

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421ナスカの地上絵において、動物の絵などを描く際に用いられた「一筆書き」の手法に似た特徴は何を意味しているか。

  1. A儀式の際に人々がその線を歩いた可能性
  2. B宇宙船の滑走路として使われた証拠
  3. C巨大な農地の区画整理の跡
  4. D敵を迷わせるための罠
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正解:A儀式の際に人々がその線を歩いた可能性

動物の絵の多くが一筆書きのように線が途切れないことから、儀式の際に人々がその線上を歩いたという説があります。

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422大ジンバブエ遺跡で発掘された、中国製の青磁やアラビアのガラス器は何を示しているか。

  1. A当時の人々が世界中を旅して集めたお土産であること
  2. B高度な技術でこれらの品々を模造していたこと
  3. Cインド洋を通じた広範な貿易ネットワークが存在したこと
  4. D外国の軍隊がこの地を占領していたこと
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正解:Cインド洋を通じた広範な貿易ネットワークが存在したこと

中国製の陶器の破片やアラビアの貨幣が見つかっており、インド洋を通じた交易が広く行われていたことを示しています。

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423ラパ・ニュイ(イースター島)のモアイ像が造られなくなった後、島の環境はどう変化したか。

  1. A森林が回復し、動植物が豊富になった
  2. B人口増加による食糧難から部族間の抗争が激化した
  3. C西洋の技術を取り入れて近代都市へと発展した
  4. D島全体が海に沈んだ
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正解:B人口増加による食糧難から部族間の抗争が激化した

人口増加による自然生態系の破壊から食糧難に陥り、部族間の抗争(フリ・モアイ)が激化してモアイは造られなくなりました。

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424トンブクトゥのモスクの壁面から突き出している木材(ヤシの木など)の主な役割は何か。

  1. A鳥を止まらせてフンを肥料にするため
  2. B建物の強度を保つとともに、泥を塗り直す際の足場とするため
  3. C外敵の侵入を防ぐバリケードとして
  4. D雨水を効率よく集めるための雨樋として
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正解:B建物の強度を保つとともに、泥を塗り直す際の足場とするため

泥でできた壁は雨で崩れやすいため、定期的に泥を塗り直す必要があり、突き出た木材はその際の足場として使われます。

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425瀋陽の故宮に見られる「八角形の建物(大政殿)」は、満州族のどのような伝統を反映しているか。

  1. Aテント(ゲル)での移動生活の様式
  2. B船上での生活様式
  3. C地下洞窟での生活様式
  4. D高床式の住居様式
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正解:Aテント(ゲル)での移動生活の様式

大政殿などの八角形の建物は、遊牧民族である満州族の移動式テント(パオ/ゲル)の伝統を模したものです。

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