チョコレート検定 ⑥ チョコレートの世界史・日本史

カカオとチョコレートの歴史を時系列で追う分野です。中南米での早期利用、マヤ・アステカ文明での飲用、ショコラトルと呼ばれた飲み物、ヨーロッパへの伝播といった世界史の流れが問われます。スペインからフランス宮廷への伝来、イギリスのコーヒー・ハウス、コンチングやミルクチョコレートなど近代の技術革新も頻出です。日本史では明治期以降の受容やバレンタイン文化の広がりが扱われます。年代と出来事・人物を結びつけて流れで覚えることが得点につながります。

この分野の問題40問を、選択肢・正解・解説つきで掲載しています。まず自分で解答を考えてから「正解と解説を見る」を開いて答え合わせをしてください。

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202近年の遺跡発掘により、カカオの早期利用・栽培化の証拠が確認された地域はどこか?

  1. Aメキシコ
  2. Bエクアドル
  3. Cホンジュラス
  4. Dブラジル
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正解:Bエクアドル

エクアドル南東部のサンタアナ・ラ・フロリダ遺跡で約5300年前のカカオ利用・栽培化の証拠が見つかりました。

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203ユカタン半島で栄え、紀元後400年ごろからチョコレートの飲用を始めたとされる文明はどれか?

  1. Aアステカ文明
  2. Bオルメカ文明
  3. Cインカ文明
  4. Dマヤ文明
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正解:Dマヤ文明

テキストの年表によると、紀元後400年ごろにユカタン半島で栄えたマヤ文明でチョコレートの飲用が始まりました。

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204ヨーロッパ人がカカオの存在を初めて知った際、コロンブスの息子フェルナンドの記録でカカオは何と呼ばれていたか?

  1. Aカカオトル
  2. Bアルメンドラ
  3. Cショコラトル
  4. Dココア
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正解:Bアルメンドラ

フェルナンドの記述には「アルメンドラ(アーモンド)」という名で記録されています。

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2051521年に滅亡したアステカ帝国で、人々がカカオ豆から作った飲み物を何と呼んでいたか?

  1. Aカカオトル
  2. Bカカパセントリ
  3. Cカカパクアルイトル
  4. Dショコラトル
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正解:Dショコラトル

コルテスの報告によれば、アステカ帝国の人々はカカオ豆で作った飲み物を「ショコラトル」と呼んでいました。

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20616世紀のメソアメリカにおいて、カカオ豆をすりつぶしてペースト状にするために使われた石板を何と呼ぶか?

  1. Aメタテ
  2. Bマノ
  3. Cモリニーヨ
  4. Dアチオテ
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正解:Aメタテ

カカオ豆をローストした後、「メタテ」という石板の上に置き、「マノ」という石棒で砕いてすりつぶしました。

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2071615年、フランス国王ルイ13世と結婚し、フランス宮廷に飲料用のカカオを持ち込んだ王女は誰か?

  1. Aマリー・アントワネット
  2. Bマリア・テレサ
  3. Cアンヌ
  4. Dジョルジュ・サンド
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正解:Cアンヌ

スペイン国王フェリペ3世の娘アンヌがルイ13世と結婚し、カカオをフランスに持ち込みました。

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2081650年、イギリスでココア流行のきっかけとなる「コーヒー・ハウス」が初めて開店した都市はどこか?

  1. Aロンドン
  2. Bケンブリッジ
  3. Cオックスフォード
  4. Dヨーク
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正解:Cオックスフォード

年表によると、1650年にコーヒー・ハウスがイギリスのオックスフォードに開店し盛況を極めました。

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2091745年にスイスの画家リオタールが描いた絵画「チョコレート・ガール」において、チョコレートとともにトレーの上に描かれているものは何か?

  1. Aスミレの砂糖漬け
  2. Bグラスに入った水
  3. C泡立て用の攪拌棒
  4. D薬を包んだピストル
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正解:Bグラスに入った水

当時のチョコレートは濃厚であったため、口の中をさっぱりさせるための水がいっしょに描かれています。

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2101691年のフランスの料理本に紹介されている、チョコレートを使った最初の料理と言われているものはどれか?

  1. A黒鴨のチョコレート煮込み
  2. B豚肉のチョコレートソースがけ
  3. C鶏肉のモレ・コン・ポイヨ
  4. Dウナギのチョコレートマリネ
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正解:A黒鴨のチョコレート煮込み

1691年の料理本によると、宮廷や裕福な家庭で作られた「黒鴨のチョコレート煮込み」が最初のチョコレート料理といわれています。

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2111828年、カカオ豆を搾ってココアバターを部分的に取り除く「圧搾機」を開発した人物は誰か?

  1. Aダニエル・ペーター
  2. Bジョセフ・フライ
  3. Cバンホーテン
  4. Dロドルフ・リンツ
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正解:Cバンホーテン

オランダ人のバンホーテン親子の父親が、1828年にココアバターの圧搾機を発明しました。

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2121847年にかじって食べる「イーティングチョコレート」を発明したイギリスの菓子職人は誰か?

  1. Aフランソワ・カイエ
  2. Bダニエル・ペーター
  3. Cジョン・キャドバリー
  4. Dジョセフ・フライ
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正解:Dジョセフ・フライ

旧来の「飲むチョコレート」に対し、1847年にイギリスのジョセフ・フライが「イーティングチョコレート」を発明しました。

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2131876年にダニエル・ペーターがミルクチョコレートを発明した際、利用したミルクの形態はどれか?

  1. A粉ミルク
  2. B濃縮ミルク(加糖練乳)
  3. C脱脂粉乳
  4. D生クリーム
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正解:B濃縮ミルク(加糖練乳)

水分の多いミルクはココアバターとなじみが悪いため、アングロ・スイス練乳会社が発明した長期保存できる練乳を利用しました。

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2141879年、攪拌機「コンチェ」を発明し、チョコレートをなめらかな食感に改善した人物は誰か?

  1. Aダニエル・ペーター
  2. Bアントニオ・カルレッティ
  3. Cロドルフ・リンツ
  4. Dスルピス・ドゥボーヴ
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正解:Cロドルフ・リンツ

スイス人のロドルフ・リンツが、メタテとマノの原理を応用した「コンチェ」を発明し、なめらかなチョコレートを作りました。

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215作曲家フレデリック・ショパンが恋人のジョルジュ・サンドからすすめられて毎朝愛飲していた、ホットチョコレートのことを何というか?

  1. Aショコラトル
  2. Bショコラ・ショー
  3. Cモレ・コン・ポイヨ
  4. Dシャコラータ
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正解:Bショコラ・ショー

ショパンは「ショコラ・ショー」と呼ばれるホットチョコレートに、スミレの砂糖漬けを加えてたのしんでいました。

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2161660年、フランス国王ルイ14世と結婚した際、スペインからチョコレートの調理人を連れてきた王女は誰か?

  1. Aマリア・テレサ
  2. Bビクトリア
  3. Cアンヌ
  4. Dマリー・アントワネット
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正解:Aマリア・テレサ

スペイン王女マリア・テレサがルイ14世に嫁いだ際、チョコレートの調理人を連れてきたことでフランスでの流行を後押ししました。

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2171797年の文献「寄合町諸事書上控帳」に「しょくらあと六つ」という記録が残っている都市はどこか?

  1. A東京
  2. B長崎
  3. C大阪
  4. D神戸
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正解:B長崎

長崎・丸山町の遊女の買い品目録に、江戸時代のオランダ商人からもらったと考えられるチョコレートの記録が残っています。

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2181878年、日本で初めてチョコレートの加工製造・販売を行った店「米津風月堂」があった場所はどこか?

  1. A兵庫・神戸
  2. B東京・田町
  3. C神奈川・川崎
  4. D東京・両国
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正解:D東京・両国

日本初のチョコレート加工製造販売は、1878年に東京・両国の米津風月堂で始まりました。

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2191899年に森永西洋菓子製造所を創業し、チョコレートクリームなどの製造販売を開始した人物は誰か?

  1. A森永太一郎
  2. B藤井林右衛門
  3. C江崎利一
  4. D芥川洋造
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正解:A森永太一郎

アメリカから帰国した森永太一郎が1899年に創業し、これが日本におけるチョコレート産業の第一歩となりました。

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2201918年(大正7年)、日本で初めてカカオ豆からの一貫作業による近代チョコレート生産に着手した企業はどれか?

  1. A明治製菓
  2. B不二家
  3. C江崎グリコ
  4. D森永製菓
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正解:D森永製菓

森永製菓が東京・田町の工場にアメリカから近代生産設備を導入し、日本初のカカオ豆からの一貫作業を開始しました。

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221第二次世界大戦中に食料品として開発された「とけないチョコレート」は、主にどのような場所での利用を目的としていたか?

  1. A気温の高い東南アジアや潜水艦の内部
  2. B国内の学童配給用
  3. C寒冷なシベリア地域
  4. D高度1万メートルを飛ぶ航空機内
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正解:A気温の高い東南アジアや潜水艦の内部

ココアバターの代わりに融点の高い油脂を利用し、気温の高い地域や潜水艦内向けに作られました。

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22216世紀から17世紀のヨーロッパにおいて、ココアの摂取が「断食」の規則に違反するかどうかの論争で、「飲料であり摂取してよい」と判断したローマ教皇は誰か?

  1. Aカール5世
  2. Bフェリペ3世
  3. Cピウス5世
  4. Dルイ13世
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正解:Cピウス5世

ココアが薬品か食品かで論争になり、1569年にローマ教皇ピウス5世が味わった上で「飲料である」と判断しました。

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2231846年にバンホーテンが発明したココア製造工程の「アルカリ処理(ダッチプロセス)」の主な効果として正しいものはどれか?

  1. Aココアバターを完全に取り除き長期保存を可能にする
  2. B酸味を中和してマイルドにし、色調に深みを出す
  3. Cミルクの成分をココアバターの結晶の中に閉じ込める
  4. Dカカオ豆を細かい粒子になるまで砕いて口どけをよくする
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正解:B酸味を中和してマイルドにし、色調に深みを出す

酸味の強いカカオ飲料をアルカリで中和することで、刺激や渋味を減らし色調に深みを出す画期的な発明でした。

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224アステカ時代のチョコレート飲料「ショコラトル」を作る際、「モリニーヨ」と呼ばれる道具はどのような目的で使用されたか?

  1. Aトウガラシなどの香辛料を細かく砕くため
  2. Bカカオ豆をペースト状にすりつぶすため
  3. C激しくかき混ぜてビールのように泡立てるため
  4. Dカカオ豆をローストするため
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正解:C激しくかき混ぜてビールのように泡立てるため

モリニーヨは木製の攪拌棒で、ペースト状のチョコレートに水や香辛料を加えた後、激しくかき混ぜて泡立てるために使われました。

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22517世紀のイギリスにおけるチョコレートの普及について、正しい説明はどれか?

  1. A王室から広まり、庶民には全く手が届かないものだった
  2. Bクロムウェル軍がジャマイカ島を奪い、カカオが廉価で入手できるようになった
  3. Cカトリック信者の間で断食中の摂取が推奨されたことで広まった
  4. Dサトウダイコンからの砂糖製造技術の確立により急激に普及した
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正解:Bクロムウェル軍がジャマイカ島を奪い、カカオが廉価で入手できるようになった

クロムウェル軍がスペインからジャマイカ島を奪取したことで、イギリスは独自の供給源を得て廉価でカカオを入手できるようになりました。

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226フランスの王室薬剤師スルピス・ドゥボーヴが、マリー・アントワネットのために作った「ピストル」と呼ばれるチョコレートの目的は何か?

  1. A戦場へ赴く兵士の携行食としてカロリーを補給するため
  2. B断食中のカロリー不足を補う栄養剤として用いるため
  3. C薬が苦くて飲めない王妃のために、薬を包み込むため
  4. D寝不足を防ぐためのカフェインを効率よく摂取するため
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正解:C薬が苦くて飲めない王妃のために、薬を包み込むため

薬が苦くて飲めない王妃のために、液状のカカオマスを固めて薬を包み込むチョコレートを作りました。

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227近代チョコレートの「四大発明」が起こった年代の順番として、正しいものはどれか?

  1. Aミルクチョコレートの発明 → イーティングチョコレートの発明 → コンチェの発明 → ココアの発明
  2. Bココアの発明 → コンチェの発明 → イーティングチョコレートの発明 → ミルクチョコレートの発明
  3. Cイーティングチョコレートの発明 → ココアの発明 → コンチェの発明 → ミルクチョコレートの発明
  4. Dココアの発明 → イーティングチョコレートの発明 → ミルクチョコレートの発明 → コンチェの発明
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正解:Dココアの発明 → イーティングチョコレートの発明 → ミルクチョコレートの発明 → コンチェの発明

バンホーテンのココア(1828/1846年)、フライのイーティングチョコ(1847年)、ペーターのミルクチョコ(1876年)、リンツのコンチェ(1879年)の順です。

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2281951〜1952年にかけて、日本のチョコレート業界が国税庁へ陳情活動を行った結果、無税となったものは何か?

  1. A輸入チョコレートの関税
  2. B砂糖の消費税
  3. C製造設備の輸入税
  4. Dカカオ豆の物品税
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正解:Dカカオ豆の物品税

当時カカオ豆に44%の重税(物品税)が課せられていたため、業界が廃止運動を起こし、1952年に無税となりました。

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229明治製糖の創始者・相馬半治が、1916年に製菓業に参入した理由としてテキストに記載されているものはどれか?

  1. A余剰となった牛乳を有効活用するため
  2. B第一次世界大戦の軍需品としてチョコレートの注文が殺到したため
  3. Cカカオ豆のプランテーション開発に成功したため
  4. D砂糖消費の増進のために砂糖加工業を経営することが重要だと痛感したため
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正解:D砂糖消費の増進のために砂糖加工業を経営することが重要だと痛感したため

砂糖の発展を企図するのは砂糖業者の使命であるとし、砂糖消費の増進を目的として製菓・煉乳事業に参入しました。

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2301873年、岩倉具視使節団がフランスの工場を見学し、チョコレートを「片美をなす、極上品の菓子なり」と報告した記録が残る公式報告書の名称はどれか?

  1. A徳川昭武幕末留欧日記
  2. B寄合町諸事書上控帳
  3. C特命全権大使米欧回覧実記
  4. Dチョコレートの売買に関する本
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正解:C特命全権大使米欧回覧実記

岩倉具視使節団の公式報告書である『特命全権大使米欧回覧実記』に、日本人とチョコレートの公式な出合いが記されています。

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2311940年から1950年のカカオ豆輸入途絶期に作られた代用品「グル・チョコレート」の名前の由来は何か?

  1. Aグルテンを混ぜ合わせて食感を出したから
  2. Bグルタミン酸を添加して旨味を強めたから
  3. C代替の甘味料としてグルコース(ブドウ糖)を用いたから
  4. Dオクラやチコリの根をすりつぶしてグルー(のり)状にしたから
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正解:C代替の甘味料としてグルコース(ブドウ糖)を用いたから

砂糖の代わりに甘味料としてグルコースを用いたため、「グル・チョコレート」と呼ばれました。

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2321968年に発売された明治の「JPチョコレート」は、どのような特徴を持った製品だったか?

  1. A果汁やウイスキーなどの液体を封入したシェルモールディング・チョコレート
  2. Bアメリカの宇宙船の形を模した、イチゴ味の2層チョコレート
  3. C水分の蒸発を防ぎ、生クリームをたっぷり練り込んだ生チョコレート
  4. Dアーモンドを丸ごと一粒コーティングしたナッツチョコレート
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正解:A果汁やウイスキーなどの液体を封入したシェルモールディング・チョコレート

ヨーロッパで人気だった、果汁やウイスキーなどを封入したシェルモールディング技術に着目して開発されました。

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2331957年に発売された厚型チョコレート「ミルクチョコレートデラックス」のパッケージデザインを手がけた亀倉雄策は、他にどのようなデザインで知られる人物か?

  1. A1964年東京五輪のエンブレムのデザイン
  2. B1970年大阪万博の太陽の塔のデザイン
  3. C1998年長野五輪のマスコットキャラクター
  4. D日本初の長編カラーアニメ映画のキャラクターデザイン
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正解:A1964年東京五輪のエンブレムのデザイン

テキストには、亀倉雄策氏について「1964年の東京五輪のエンブレムを制作したグラフィックデザイナー」と記されています。

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234カカオの起源に関する記述として、正しいものはどれか?

  1. A長らくメソアメリカが起源とされてきたが、最新の研究でスペイン起源と判明した
  2. Bオルメカ文明の遺跡から紀元前3300年ごろの陶器が発見された
  3. Cアマゾン川下流域のブラジルが植物としての起源地と考えられている
  4. D2018年の研究により、エクアドル南東部で約5300年前のカカオ利用・栽培化の証拠が示された
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正解:D2018年の研究により、エクアドル南東部で約5300年前のカカオ利用・栽培化の証拠が示された

2018年の研究で、エクアドル南東部の遺跡から約5300年前のカカオ利用・栽培化の証拠が示されました。

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23516世紀にアステカ帝国を征服したスペインにおけるチョコレートの歴史について、誤っているものはどれか?

  1. Aアステカ式の苦いレシピをアレンジし、砂糖で甘味をつけた
  2. B疲労回復や長寿の薬として貴重とされ、国外への持ち出しが禁じられた
  3. Cペースト状のチョコレートを温めてから攪拌器でかき混ぜる方法をとった
  4. Dチョコレートの独占状態を解き、イギリスやフランスへ積極的に輸出して利益を得た
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正解:Dチョコレートの独占状態を解き、イギリスやフランスへ積極的に輸出して利益を得た

スペインは国外への持ち出しを禁じ、100年近くにわたってチョコレートを独占状態にしていました。

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2361847年に発明された「イーティングチョコレート」に関する記述として、誤っているものはどれか?

  1. Aココアバターを加えずに、たっぷりのミルクと砂糖を混ぜてなめらかにしていた
  2. Bかじって食べることができ、携帯にも便利であった
  3. Cイギリスの菓子職人ジョセフ・フライによって発明された
  4. D腐らないため長期保存が可能であった
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正解:Aココアバターを加えずに、たっぷりのミルクと砂糖を混ぜてなめらかにしていた

この時期はまだ粉ミルクが未開発であり、ミルクは入っていませんでした。また、ココア製造の副産物であるココアバターを利用して作られました。

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237バンホーテンによる「ココアの発明」に関する説明として、誤っているものはどれか?

  1. A1828年にカカオ豆からココアバターを部分的に取り除く圧搾機を開発した
  2. B1846年に酸味の強い飲料をアルカリで中和する「ダッチプロセス」を発明した
  3. C1828年の発明により、ココアバターを完全に除去して水分ゼロの粉末にすることに成功した
  4. Dアルカリ処理を行うことで色調に深みが出て、味もマイルドになった
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正解:C1828年の発明により、ココアバターを完全に除去して水分ゼロの粉末にすることに成功した

圧搾機による発明は、ココアバターを「約55%から28%まで減らす」ものであり、完全に除去したわけではありません。

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238明治時代の日本におけるチョコレートの普及について、誤っているものはどれか?

  1. A日本人は古くから牛乳になじみがあったため、すぐに大衆的な人気を得た
  2. B「牛の血が入っている」と聞き間違えられ、チョコレートを避ける人も多くいた
  3. C1878年に米津風月堂が日本初のチョコレート加工製造販売を行った
  4. D当初は輸入品や輸入原料によるもので非常に高価であり、特権階級の嗜好品であった
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正解:A日本人は古くから牛乳になじみがあったため、すぐに大衆的な人気を得た

従来、牛乳を飲む習慣がなかった日本人にとって「バタ臭い」ものはあまり喜ばれず、すぐには受け入れられませんでした。

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239第二次世界大戦中のチョコレート代用品に関する記述のうち、誤っているものはどれか?

  1. Aカカオ豆の代わりに百合根やチューリップの球根、小豆などが用いられた
  2. B甘味料として人工甘味料のサッカリンが用いられたため「サッカリン・チョコレート」と呼ばれた
  3. Cココアバターの代わりに大豆油やヤブニッケイ油が用いられた
  4. D風味を補うためにバニラで香りをつけて販売されていた
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正解:B甘味料として人工甘味料のサッカリンが用いられたため「サッカリン・チョコレート」と呼ばれた

代替の甘味料としてグルコース(ブドウ糖)を用いたため、「グル・チョコレート」と呼ばれました。

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240大正時代の日本のチョコレート産業に関する記述として、誤っているものはどれか?

  1. A1918年に森永製菓が近代的な生産設備を導入し、大量生産に着手した
  2. B国産化が実現し大量生産が始まったため、チョコレートはたちまち大福よりも安価な庶民の菓子となった
  3. C明治製菓はアメリカに社員を派遣してチョコレート製造技術を研究させた
  4. D第一次世界大戦の好景気や、欧米の商圏が日本にもたらされたことが発展の追い風となった
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正解:B国産化が実現し大量生産が始まったため、チョコレートはたちまち大福よりも安価な庶民の菓子となった

大正時代においても森永のミルクチョコレートは1枚10銭(大福は5厘)であり、高価な贅沢品でした。

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241ヨーロッパにおけるチョコレートの広がりについて、誤っているものはどれか?

  1. Aイギリスにおけるチョコレートの人気は、コーヒー・ハウスの登場により完全に衰退した
  2. Bイギリスでは当初から市民にも手が届くものとして登場した
  3. Cクロムウェル軍がジャマイカ島を奪取したことで、イギリスは主要なカカオ豆供給源を得た
  4. Dスペインやフランスでは王室・貴族階級から広まった
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正解:Aイギリスにおけるチョコレートの人気は、コーヒー・ハウスの登場により完全に衰退した

コーヒー・ハウスの登場により、コーヒーやお茶とともにココアも楽しまれ、社交場として発展しました。完全に衰退したわけではありません。

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