第202問近年の遺跡発掘により、カカオの早期利用・栽培化の証拠が確認された地域はどこか?
- Aメキシコ
- Bエクアドル
- Cホンジュラス
- Dブラジル
カカオとチョコレートの歴史を時系列で追う分野です。中南米での早期利用、マヤ・アステカ文明での飲用、ショコラトルと呼ばれた飲み物、ヨーロッパへの伝播といった世界史の流れが問われます。スペインからフランス宮廷への伝来、イギリスのコーヒー・ハウス、コンチングやミルクチョコレートなど近代の技術革新も頻出です。日本史では明治期以降の受容やバレンタイン文化の広がりが扱われます。年代と出来事・人物を結びつけて流れで覚えることが得点につながります。
この分野の問題40問を、選択肢・正解・解説つきで掲載しています。まず自分で解答を考えてから「正解と解説を見る」を開いて答え合わせをしてください。
クイズモードで挑戦 →正解:C.激しくかき混ぜてビールのように泡立てるため
モリニーヨは木製の攪拌棒で、ペースト状のチョコレートに水や香辛料を加えた後、激しくかき混ぜて泡立てるために使われました。
この問題の解説ページを開く →正解:B.クロムウェル軍がジャマイカ島を奪い、カカオが廉価で入手できるようになった
クロムウェル軍がスペインからジャマイカ島を奪取したことで、イギリスは独自の供給源を得て廉価でカカオを入手できるようになりました。
この問題の解説ページを開く →正解:D.ココアの発明 → イーティングチョコレートの発明 → ミルクチョコレートの発明 → コンチェの発明
バンホーテンのココア(1828/1846年)、フライのイーティングチョコ(1847年)、ペーターのミルクチョコ(1876年)、リンツのコンチェ(1879年)の順です。
この問題の解説ページを開く →正解:D.砂糖消費の増進のために砂糖加工業を経営することが重要だと痛感したため
砂糖の発展を企図するのは砂糖業者の使命であるとし、砂糖消費の増進を目的として製菓・煉乳事業に参入しました。
この問題の解説ページを開く →正解:A.果汁やウイスキーなどの液体を封入したシェルモールディング・チョコレート
ヨーロッパで人気だった、果汁やウイスキーなどを封入したシェルモールディング技術に着目して開発されました。
この問題の解説ページを開く →正解:D.2018年の研究により、エクアドル南東部で約5300年前のカカオ利用・栽培化の証拠が示された
2018年の研究で、エクアドル南東部の遺跡から約5300年前のカカオ利用・栽培化の証拠が示されました。
この問題の解説ページを開く →正解:D.チョコレートの独占状態を解き、イギリスやフランスへ積極的に輸出して利益を得た
スペインは国外への持ち出しを禁じ、100年近くにわたってチョコレートを独占状態にしていました。
この問題の解説ページを開く →正解:A.ココアバターを加えずに、たっぷりのミルクと砂糖を混ぜてなめらかにしていた
この時期はまだ粉ミルクが未開発であり、ミルクは入っていませんでした。また、ココア製造の副産物であるココアバターを利用して作られました。
この問題の解説ページを開く →正解:C.1828年の発明により、ココアバターを完全に除去して水分ゼロの粉末にすることに成功した
圧搾機による発明は、ココアバターを「約55%から28%まで減らす」ものであり、完全に除去したわけではありません。
この問題の解説ページを開く →正解:A.日本人は古くから牛乳になじみがあったため、すぐに大衆的な人気を得た
従来、牛乳を飲む習慣がなかった日本人にとって「バタ臭い」ものはあまり喜ばれず、すぐには受け入れられませんでした。
この問題の解説ページを開く →正解:B.甘味料として人工甘味料のサッカリンが用いられたため「サッカリン・チョコレート」と呼ばれた
代替の甘味料としてグルコース(ブドウ糖)を用いたため、「グル・チョコレート」と呼ばれました。
この問題の解説ページを開く →正解:B.国産化が実現し大量生産が始まったため、チョコレートはたちまち大福よりも安価な庶民の菓子となった
大正時代においても森永のミルクチョコレートは1枚10銭(大福は5厘)であり、高価な贅沢品でした。
この問題の解説ページを開く →正解:A.イギリスにおけるチョコレートの人気は、コーヒー・ハウスの登場により完全に衰退した
コーヒー・ハウスの登場により、コーヒーやお茶とともにココアも楽しまれ、社交場として発展しました。完全に衰退したわけではありません。
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