神社検定2級 ③ 中世の神道

院政期から鎌倉・室町にかけての神道思想と武家・庶民の信仰を扱う分野です。熊野詣と王子社、御成敗式目第一条、両部神道・伊勢神道(神道五部書)、神本仏迹説、吉田兼倶の唯一神道と太元宮、宗源宣旨が頻出します。神国思想の高揚や三社託宣、惣村の宮座・頭屋、一味神水といった庶民の信仰も問われます。仏家神道から反本地垂迹の思想へ移る流れと、各神道説の拠点・特徴を対応づけて覚えるのが攻略のポイントです。出題数30問。

この分野の問題30問を、選択肢・正解・解説つきで掲載しています。まず自分で解答を考えてから「正解と解説を見る」を開いて答え合わせをしてください。

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61院政期に上皇や女院が盛んに行った熊野詣の道中で、街道に多く設けられ宿泊所としても利用された分祀社を何というか。

  1. A王子社
  2. B今熊野社
  3. C宮座
  4. D惣村
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正解:A王子社

熊野街道には分祀社である王子社が多く設けられ、宿泊所としても利用されました。

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62平清盛が一族の守護神として篤く信仰し、社殿を修造した神社はどこか。

  1. A鶴岡八幡宮
  2. B石清水八幡宮
  3. C熊野本宮大社
  4. D厳島神社
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正解:D厳島神社

平清盛は安芸守となったことを機に、厳島神社を篤く信仰し一族の守護神としました。

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63鎌倉幕府の歴代将軍が毎年正月に参詣する「二所詣」の対象となった二所権現とは、箱根神社ともう一つはどこか。

  1. A三嶋大社
  2. B伊豆山神社
  3. C鹿島神宮
  4. D諏訪大社
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正解:B伊豆山神社

二所権現とは伊豆山神社(伊豆権現)と箱根神社(箱根権現)のことです。

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64第84代順徳天皇が著し、宮中の作法について「神事を先にし他事を後にす」と記されている書物は何か。

  1. A禁秘抄
  2. B御成敗式目
  3. C愚管抄
  4. D神皇正統記
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正解:A禁秘抄

『禁秘抄』は宮中での神事への姿勢を踏まえ、宮廷の儀式や政務のあり方について書かれたものです。

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651232年に制定された武家の法典『御成敗式目』の第一条に定められている内容は次のうちどれか。

  1. A神は人の敬いによって威を増すこと
  2. B寺社異なるといえども恐敬これ同じこと
  3. C諸社の肝、我が朝は神国也
  4. D神社を修理し、祭祀を専らにすべき事
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正解:D神社を修理し、祭祀を専らにすべき事

『御成敗式目』第一条には「神社を修理し、祭祀を専らにすべき事」と御家人の神社に対する態度が掲げられています。

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66鎌倉時代後期から、約束を交わす際の「起請文」の料紙として一般的に用いられた護符を何というか。

  1. A三社託宣
  2. B宗源宣旨
  3. C神道裁許状
  4. D牛王宝印
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正解:D牛王宝印

起請文の料紙として各地の社寺から発行された護符「牛王宝印」が用いられ、裏面に誓約が書かれました。

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67密教の金剛界と胎蔵界を伊勢神宮の内宮・外宮にあてはめ、真言宗の影響を強く受けて成立した神道説は何か。

  1. A山王神道
  2. B吉田神道
  3. C伊勢神道
  4. D両部神道
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正解:D両部神道

両部神道は密教の両部(金剛界と胎蔵界)を伊勢神宮の両宮にあてはめた仏家神道です。

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68鎌倉時代中期から後期にかけて、伊勢神宮外宮の神官である度会氏を中心に体系化された神道説は何か。

  1. A唯一神道
  2. B法華神道
  3. C山王神道
  4. D伊勢神道
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正解:D伊勢神道

伊勢神道は外宮の度会氏が中心となって構築した神道説で、正直と清浄を徳目としました。

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69日本が世界の中心から遠い辺境に位置し、仏教の徳化が進まない劣った国であるとする、中世まで見られた考え方を何というか。

  1. A神国思想
  2. B三国意識
  3. C辺土意識
  4. D末法思想
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正解:C辺土意識

辺土意識は仏教的世界観によるもので、後に本地垂迹説の浸透とともに退潮しました。

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70南朝の武将・北畠親房が著し、「大日本者神国也」の書き出しで始まる中世の歴史書は何か。

  1. A釈日本紀
  2. B神皇正統記
  3. C二十一社記
  4. D日本書紀纂疏
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正解:B神皇正統記

『神皇正統記』は神代から後村上天皇までを叙述した歴史書で、後世に大きな影響を与えました。

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71室町時代の惣村において、村民で組織され、神社の祭礼を中心となって行った組織を何と呼ぶか。

  1. A一味神水
  2. B寄合
  3. C宮座
  4. D
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正解:C宮座

宮座は惣村の村民で組織され、氏神の祭祀や仏堂の運営などを行いました。

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72惣村の宮座において、おおむね1年交代で神事や行事の世話をする役(人や家)を何と呼んだか。

  1. A頭屋
  2. B乙名
  3. C御師
  4. D座衆
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正解:A頭屋

頭屋(当屋)は「一年神主」などとも呼ばれ、専業の神職がいない宮座で中心的な役割を担いました。

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73中世から近世にかけて広まった「三社託宣」に描かれる三柱の神は、天照皇太神宮、春日大明神と、あと一柱は誰か。

  1. A熊野権現
  2. B八幡大菩薩
  3. C山王権現
  4. D鹿島大明神
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正解:B八幡大菩薩

三社託宣は天照皇太神宮、八幡大菩薩、春日大明神の託宣を記したもので、正直・清浄・慈悲が説かれています。

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74吉田兼倶が文明16年(1484年)に吉田山上に建立し、全国諸社の根源と位置づけた八角形の神殿を何というか。

  1. A風日祈宮
  2. B斎場所
  3. C神龍社
  4. D太元宮
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正解:D太元宮

太元宮は八角形の独創的な神殿で、主神の国常立尊や全国の神々が祀られました。

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75吉田兼倶が説いた、神道が根本であり、儒教が枝葉、仏教が果実であるとする説を何と呼ぶか。

  1. A神本仏迹説
  2. B根本枝葉果実説
  3. C三教一致思想
  4. D本地垂迹説
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正解:B根本枝葉果実説

日本(神道)を種子・根本とし、中国(儒教)を枝葉、インド(仏教)を果実とする独自の三教一致思想です。

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76『御成敗式目』が制定された背景やその内容に関する説明として、最も適切なものはどれか。

  1. A元寇の勝利を記念し、神威を讃えるために全国の神社への寄進を命じた。
  2. B承久の変後に西国に所領を得た御家人たちに対し、神社の運営や祭祀に怠慢がないよう求めた。
  3. C室町幕府の足利尊氏が、軍費調達のために寺社領の年貢半分を取り立てることを定めた。
  4. D足利義政が神宮式年遷宮を復興させるため、守護大名に特別税を課すことを明記した。
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正解:B承久の変後に西国に所領を得た御家人たちに対し、神社の運営や祭祀に怠慢がないよう求めた。

『御成敗式目』は承久の変後の紛争を裁く基準として制定され、第一条で御家人の祭祀厳修を定めました。

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77室町幕府と神社の関わりについての説明で、正しいものはどれか。

  1. A足利尊氏は南朝との戦いで京都を離れられず、鶴岡八幡宮に代わって石清水八幡宮を篤く崇敬した。
  2. B足利義満の時代には寺社領を完全に保護する法令が出され、寺社の経済力は飛躍的に向上した。
  3. C室町時代を通じて神宮式年遷宮は一度も中断することなく、国家的な支弁制度が確立した。
  4. D足利義政の時代には寺社奉行が廃止され、守護大名が各国の神社を直接管理するようになった。
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正解:A足利尊氏は南朝との戦いで京都を離れられず、鶴岡八幡宮に代わって石清水八幡宮を篤く崇敬した。

尊氏は京都から離れられなかったため、源氏の氏神である八幡神として石清水八幡宮に崇敬を集中させました。

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78中世の神国思想の変遷について、歴史的背景を踏まえた正しい説明はどれか。

  1. A平安時代以前から「神国」の語は頻繁に用いられ、自国優越主義の象徴であった。
  2. B鎌倉新仏教の広まりにより神国思想は否定され、辺土意識が完全に定着した。
  3. C本地垂迹説の浸透により「日本は神国であり仏国である」との一国意識が生まれ、元寇後はさらに神国思想が高揚した。
  4. D吉田兼倶の登場により初めて「神国」という言葉が作られ、武家政権の理念として採用された。
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正解:C本地垂迹説の浸透により「日本は神国であり仏国である」との一国意識が生まれ、元寇後はさらに神国思想が高揚した。

中世には神国であり仏法にふさわしい地であるという一国意識が生まれ、元寇の勝利で神国思想が高揚しました。

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79室町時代の農民の一揆に関する説明として、その宗教的背景を正しく述べているものはどれか。

  1. A陰陽道の呪術を用いて悪霊を退散させる祈祷を行い、その見返りとして自治権を獲得した。
  2. B仏教の末法思想に基づき、阿弥陀如来への念仏を唱えながら領主の館へ押し寄せた。
  3. C熊野三山の御師の指導を受け、補陀落渡海を実行することを条件に年貢の減免を要求した。
  4. D一味神水と呼ばれる儀式で、起請文を焼いて神水に混ぜて回し飲み、氏神の前で結束を誓い合った。
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正解:D一味神水と呼ばれる儀式で、起請文を焼いて神水に混ぜて回し飲み、氏神の前で結束を誓い合った。

一揆を結ぶ際、村民の精神的拠り所である鎮守で起請文の灰を混ぜた神水を回し飲む一味神水を行いました。

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80吉田神道が全国の神社へその権威を広めるために用いた手段として、適切なものはどれか。

  1. A神宮の神領であった御厨を全国に再興し、吉田家の直接管理下に置いた。
  2. B地方の神々に対して神位・神階を授ける「宗源宣旨」や、神事の免許状である「神道裁許状」を発行した。
  3. C幕府に働きかけて「半済令」を廃止させ、各神社の失われた社領を無条件で回復させた。
  4. D「御成敗式目」を改訂し、全国の宮座の頭屋を必ず卜部氏の一族から選出するよう義務づけた。
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正解:B地方の神々に対して神位・神階を授ける「宗源宣旨」や、神事の免許状である「神道裁許状」を発行した。

吉田兼倶・兼右らは、独自の裁量で宗源宣旨や神道裁許状を発行し、地方祠官や宮座を取り込みました。

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81伊勢神宮が長らく持っていた「仏教忌避」の伝統を、本地垂迹説と矛盾しないよう僧侶たちが説明するために用いた説話はどれか。

  1. A第六天魔王譚
  2. B三社託宣譚
  3. C一味神水譚
  4. D補陀落渡海譚
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正解:A第六天魔王譚

日本が仏教流布の地になるのを阻もうとした第六天魔王に対し、天照大神が仏教忌避を偽って誓ったとする説話です。

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82「三社託宣」において、それぞれの神が重視した徳目の組み合わせとして、正しいものはどれか。

  1. A天照皇太神宮=慈悲、八幡大菩薩=正直、春日大明神=清浄
  2. B天照皇太神宮=正直、八幡大菩薩=清浄、春日大明神=慈悲
  3. C天照皇太神宮=清浄、八幡大菩薩=慈悲、春日大明神=正直
  4. D天照皇太神宮=正直、八幡大菩薩=清浄、春日大明神=勇敢
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正解:B天照皇太神宮=正直、八幡大菩薩=清浄、春日大明神=慈悲

天照は正直(依怙)、八幡は清浄(心濁りたる)、春日は慈悲(邪見の家)の徳目を説きました。

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83吉田兼倶の死後の扱いについて、その後の歴史に与えた影響として正しいものはどれか。

  1. A境内に埋葬され「神龍明神」として祀られたことは、人を神として祀る近世の豊国神社などの創建の先駆けとなった。
  2. B京都から追放され、その教説は異端として江戸時代まで禁じられた。
  3. C仏教の弾圧を受けたため、遺骨は伊勢神宮の内宮に極秘に納められた。
  4. D朝廷から「神祇管領長上」の称号を剥奪され、吉田家は没落した。
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正解:A境内に埋葬され「神龍明神」として祀られたことは、人を神として祀る近世の豊国神社などの創建の先駆けとなった。

兼倶は死後吉田社境内に埋葬されて神として祀られ、これは秀吉や家康を神として祀る先駆けとなりました。

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84仏家神道の展開において、天台宗の最高位に就いた慈円が残した和歌「まことには神ぞ仏の道しるべ」が示している思想はどれか。

  1. A神が本質であり仏がその垂迹(仮の姿)であるとする神本仏迹説
  2. B神は仏の仮の姿にすぎず、最終的には仏教に帰依すべきであるという本地垂迹説
  3. C神と仏は全くの別物であり、明確に峻別しなければならないとする神仏隔離思想
  4. Dインドの仏教、中国の儒教、日本の神道は究極的に一致するという三教一致思想
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正解:A神が本質であり仏がその垂迹(仮の姿)であるとする神本仏迹説

慈円の歌は、垂迹といわれた神こそが本地とされた仏よりも重要であるという神本仏迹の考えを示しています。

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85伊勢神道の根本経典とされる「神道五部書」に含まれないものはどれか。

  1. A宝基本記
  2. B中臣祓訓解
  3. C倭姫命世記
  4. D次第記
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正解:B中臣祓訓解

『中臣祓訓解』は平安末期〜鎌倉初期に天台宗寺門派の僧侶によって完成された仏家神道系の注釈書です。

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86承久の変の結果、配流された天皇・上皇の組み合わせとして誤っているものはどれか。

  1. A後白河上皇 ー 伊豆
  2. B順徳上皇 ー 佐渡
  3. C土御門上皇 ー 土佐
  4. D後鳥羽上皇 ー 隠岐
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正解:A後白河上皇 ー 伊豆

後白河上皇は承久の変の時代の人ではありません。配流されたのは後鳥羽、順徳、土御門の3上皇です。

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87次の神道説とそれを発展させた中心的な拠点・宗派の組み合わせとして、誤っているものはどれか。

  1. A山王神道 ー 日吉社(天台宗)
  2. B三輪流神道 ー 平等寺・大御輪寺(大神神社)
  3. C伊勢神道 ー 鶴岡八幡宮(真言宗)
  4. D法華神道 ー 日蓮宗
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正解:C伊勢神道 ー 鶴岡八幡宮(真言宗)

伊勢神道は伊勢神宮外宮の度会氏を中心に体系化されたもので、鶴岡八幡宮や真言宗ではありません。

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88吉田兼倶が唱えた吉田神道に関する説明として、テキストの内容に照らして誤っているものはどれか。

  1. A自らの神道説を唯一神道、元本宗源神道などと呼んだ。
  2. B太元宮には主神として国常立尊を祀った。
  3. C仏教や儒教を完全に排斥し、純粋な日本古来の信仰のみで理論を構築した。
  4. D『日本書紀』で神事をつかさどる者とされた天児屋命から相伝されたと主張した。
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正解:C仏教や儒教を完全に排斥し、純粋な日本古来の信仰のみで理論を構築した。

吉田神道はその数理の独自性を強調しつつも、密教や陰陽道、道教などの教説を取り入れて形成されています。

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89鎌倉新仏教の開祖とその教えの組み合わせとして、誤っているものはどれか。

  1. A親鸞 ー 悪人正機説(浄土真宗)
  2. B一遍 ー 踊念仏(時宗)
  3. C法然 ー 三十番神信仰(浄土宗)
  4. D日蓮 ー 題目(日蓮宗)
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正解:C法然 ー 三十番神信仰(浄土宗)

法然は「南無阿弥陀仏」の専修念仏を説きました。三十番神信仰は日蓮宗(法華神道)の信仰です。

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90中世の神道に関する著書と著者の組み合わせとして、正しいものはどれか。

  1. A禁秘抄 ー 北畠親房
  2. B愚管抄 ー 順徳天皇
  3. C釈日本紀 ー 卜部兼方
  4. D神皇正統記 ー 慈円
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正解:C釈日本紀 ー 卜部兼方

『釈日本紀』は卜部兼方の著です。『禁秘抄』は順徳天皇、『愚管抄』は慈円、『神皇正統記』は北畠親房です。

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