神社検定2級 ① 原始・古代の神まつり

縄文・弥生から古墳・飛鳥・奈良時代までの神まつりのはじまりを扱う分野です。アニミズムや依代(神籬・磐座)、沖ノ島の祭祀、氏姓制度、仏教伝来をめぐる崇仏・排仏の対立、律令国家の神祇官と神祇令、祈年祭や大祓といった恒例祭祀が頻出します。神道という言葉の初見や神仏習合のはじまりも問われます。時代の流れと制度の骨格をセットで押さえるのが得点のコツで、以降の全時代を理解する土台になる重要分野です。出題数30問。

この分野の問題30問を、選択肢・正解・解説つきで掲載しています。まず自分で解答を考えてから「正解と解説を見る」を開いて答え合わせをしてください。

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1縄文時代の信仰において、すべての自然物や動植物、自然現象に霊感・霊魂が宿っていると考え、それを畏怖し崇めたことを何というか。

  1. Aトテミズム
  2. Bシャーマニズム
  3. Cアニミズム
  4. Dフェティシズム
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正解:Cアニミズム

テキストには、すべての自然物や動植物に霊感が宿っていると考えることを「アニミズム」というと記されている。

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2弥生時代の祭りに用いられた青銅器祭器のうち、主に近畿地方を中心に分布しているものはどれか。

  1. A銅戈
  2. B平形銅剣
  3. C銅鉾
  4. D銅鐸
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正解:D銅鐸

銅鐸は近畿地方、平形銅剣は瀬戸内海中部、銅鉾・銅戈は九州北部を中心に分布している。

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3最古の前方後円墳である箸墓古墳があり、第10代崇神天皇などの宮があったと記されている地域に広がる大規模な遺跡はどれか。

  1. A荒神谷遺跡
  2. B登呂遺跡
  3. C纏向遺跡
  4. D吉野ヶ里遺跡
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正解:C纏向遺跡

奈良県桜井市の箸墓古墳のあたりには、三輪山北西麓に広がる大規模な纏向遺跡が広がっている。

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4『古事記』によれば、第14代仲哀天皇の皇后であり、神託のままに神々をお祭りして新羅に親征したとされる人物は誰か。

  1. A推古天皇
  2. B皇極天皇
  3. C神功皇后
  4. D光明皇后
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正解:C神功皇后

仲哀天皇の皇后である神功皇后は、神託に従い新羅に親征し、高句麗・百済も服属させたといわれている。

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5古墳時代後期の葬送儀礼に関する記述のうち、正しくないものはどれか。

  1. A人や動物などの形象埴輪が多く用いられるようになった。
  2. B宮地に設けられた殯宮で、亡き大王の魂の荒びを慰める儀礼が行われた。
  3. C葬儀の最後には、前王の事績を象徴する漢風諡号が贈られた。
  4. D新たな大王に忠誠を誓う誄(しのびごと)が捧げられた。
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正解:C葬儀の最後には、前王の事績を象徴する漢風諡号が贈られた。

葬儀の最後に贈られたのは、実名や宮の名、治世にちなんでつけられた「和風諡号」であり、漢風諡号ではない。

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6弥生時代から古墳時代の露天の祭祀跡において、神様が宿られる依代として木や枝を立て、まわりに垣をめぐらした施設などを何と呼ぶか。

  1. A神籬
  2. B磐座
  3. C磐境
  4. D神体山
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正解:A神籬

依代のうち、石なら磐座、木や枝の場合や広く祭祀のために設けられた施設を神籬(ひもろぎ)という。

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7『常陸国風土記』に記された夜刀の神の物語において、農耕社会の成立に伴う人々の自然観の変化として読み取れるものはどれか。

  1. A神霊の存在を見いだし、丁寧にお祭りすることで自然の脅威を和ませようとした。
  2. B自然の威力をひたすら恐れ、農耕を放棄して狩猟に戻った。
  3. C仏教の力を用いて、土着の神霊を完全に封じ込めた。
  4. D巨大な社殿を造営し、専従の神職のみに祭祀を委ねた。
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正解:A神霊の存在を見いだし、丁寧にお祭りすることで自然の脅威を和ませようとした。

夜刀の神の物語からは、自然の威力を恐れるだけでなく、神霊としてお祭りすることで脅威を和ませ、農耕の安寧を祈った古代人の姿が窺える。

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8福岡県の玄界灘の真ん中に浮かぶ孤島で、4世紀後半から9世紀末ごろまで国家的な祭祀が行われ、宗像大社の沖津宮が鎮座する島はどれか。

  1. A沖ノ島
  2. B壱岐島
  3. C対馬
  4. D志賀島
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正解:A沖ノ島

宗像大社沖津宮が鎮座する沖ノ島では、4世紀後半から9世紀末にかけて、大和朝廷の外交と密接に絡む祭祀が行われていた。

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9大和朝廷の氏姓制度に関する記述として、最も適当なものはどれか。

  1. A「連」は、大王家から系譜が分かれたとされる皇別氏族に与えられた姓である。
  2. B「臣」は、大王家とは祖先の違う神別氏族に与えられた姓である。
  3. C「部」は、役人の団体を指し、伴造がその長であった。
  4. D蘇我氏や平群氏は「臣」の姓を持ち、大伴氏や物部氏は「連」の姓を持っていた。
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正解:D蘇我氏や平群氏は「臣」の姓を持ち、大伴氏や物部氏は「連」の姓を持っていた。

臣は皇別氏族、連は神別氏族の姓である。役人の団体は「伴」であり、職業・家族単位の集団が「部」である。

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106世紀中ごろ、仏教の受け入れをめぐって崇仏派として諸国と同じように礼拝すべきだと主張した人物は誰か。

  1. A物部守屋
  2. B物部尾輿
  3. C中臣鎌足
  4. D蘇我稲目
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正解:D蘇我稲目

仏教の受け入れに対し、蘇我稲目は「諸国は皆、礼拝しています」と賛成し、物部尾輿や中臣鎌子は国つ神の怒りを受けるとして反対した。

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117世紀初めごろ、推古天皇の時代に中国の皇帝に従属する地位を示す「王」から、日本独自の自立した君主の称号として使われ始めたとされるものはどれか。

  1. A大王
  2. B将軍
  3. C治天下大王
  4. D天皇
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正解:D天皇

推古天皇の時代ごろから、中国の皇帝に従属する「王」から、日本独自の「天皇」という称号が使われ始めたとされている。

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12蘇我馬子によって創建された初めての本格的伽藍を持つ寺院である飛鳥寺について、在来の信仰を土台として仏教が受容されたことを窺わせる事実はどれか。

  1. A仏像の内部に銅鐸が納められていたこと。
  2. B塔の下から古墳の副葬品と同じような品が出土したこと。
  3. C本堂が神明造で建築されていたこと。
  4. D境内に大規模な前方後円墳が築造されていたこと。
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正解:B塔の下から古墳の副葬品と同じような品が出土したこと。

飛鳥寺の塔の下からは古墳の副葬品と同じような品が出土しており、在来の信仰を土台として仏教が受容されたことが窺える。

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13文献上に「神道」という用語が初めて見いだされるのは、第31代用明天皇の時代の記録であるが、それはどの歴史書か。

  1. A古事記
  2. B続日本紀
  3. C日本書紀
  4. D帝紀
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正解:C日本書紀

『日本書紀』の「用明天皇紀」に、「天皇、仏法を信けたまい、神道を尊びたまう」とあり、これが神道の用語の初見とされる。

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14壬申の乱に勝利した天武天皇が、神祇制度の確立のために行ったとされる事績として適当なものはどれか。

  1. A伊勢の神宮を篤く崇敬し、式年遷宮の制度を発意した。
  2. B仏教忌避を徹底し、全国の神宮寺を廃止した。
  3. C藤原京の造営を完成させ、本格的な都城を築いた。
  4. D六国史の最初の書である『続日本紀』の編纂を命じた。
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正解:A伊勢の神宮を篤く崇敬し、式年遷宮の制度を発意した。

壬申の乱の勝利を伊勢の神宮の加護と信じた天武天皇は神宮を篤く崇敬し、神宮式年遷宮を発意した。

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15天皇が即位後、斎行の年を決められて行われる特別の新嘗祭である大嘗祭が、制度上確立されたのは誰の御代と考えられているか。

  1. A天智天皇
  2. B天武天皇
  3. C文武天皇
  4. D持統天皇
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正解:D持統天皇

天武天皇の御代に恒例の新嘗祭でも悠紀・主基地方から新穀が献上されたことから、大嘗祭が制度上確立されたのは持統天皇の御代と考えられている。

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16律令制下の恒例祭祀に関する記述のうち、正しくないものはどれか。

  1. A天武天皇の時代に祈年祭の骨格が形づくられたと考えられている。
  2. B廣瀬神社に風神を、龍田神社に大忌神を祀ったことが記紀に記されている。
  3. C天武天皇の時代に「諸国の神の宮を修理らしむ」という詔が出された。
  4. D常設の社殿をもたなかった諸社が社殿を備えるようになったのはこの時代からとされる。
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正解:B廣瀬神社に風神を、龍田神社に大忌神を祀ったことが記紀に記されている。

正しくは、廣瀬神社に「大忌神(水神)」を、龍田神社に「風神」を祀ったであり、逆になっているため誤り。

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17天武天皇が『古事記』序文で述べた「帝紀を撰録し、旧辞を討究して、偽りを削り真実を定め、後世に伝え」ることの目的を何と呼ぶか。

  1. A鎮護国家
  2. B稽古照今
  3. C神仏習合
  4. D惟神之道
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正解:B稽古照今

国史の編纂は「いにしえを考えて今を照らす」こと、すなわち「稽古照今」を手本として行われた。

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18律令国家において、神々の祭りをつかさどる官庁と、行政組織を管轄する官庁の2官とは何か。

  1. A弾正台と太政官
  2. B神祇官と太政官
  3. C神祇官と宮内省
  4. D治部省と太政官
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正解:B神祇官と太政官

中央組織には、神祇祭祀をつかさどる神祇官と、行政を管轄する太政官の2官が置かれた。

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19養老律令の「神祇令」において、公的な国家的祭祀として定められている恒例の神祇祭祀はいくらか。

  1. A13種19の祭り
  2. B11種15の祭り
  3. C15種21の祭り
  4. D20種25の祭り
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正解:A13種19の祭り

「神祇令」では、恒例の神祇祭祀として13種19のお祭りが定められていた。

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20疫神が四方に分散して疫病を起こすのを防ぐため、3月に大和国の大神神社と狭井神社で行われた祭祀は何か。

  1. A鎮花祭
  2. B祈年祭
  3. C道饗祭
  4. D鎮魂祭
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正解:A鎮花祭

春に花が飛散するのに伴い疫神が分散するのを防ぐため、3月に大神神社と狭井神社で鎮花祭が行われた。

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21「令集解」によると、大神氏の氏上の奉仕が必要であり、氏上が定まらないときは祭りを行わせなかったとされるお祭りはどれか。

  1. A神衣祭
  2. B三枝祭
  3. C大忌祭
  4. D相嘗祭
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正解:B三枝祭

三枝祭は大神神社の摂社・率川神社で行われ、大神氏の氏上の奉仕が必要とされた。

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22祈年祭と共通する部分が多い月次祭の夜に、天皇が天照大神をお招きし、食事をともにされる儀礼を何というか。

  1. A豊明節会
  2. B神今食
  3. C大祓
  4. D散斎
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正解:B神今食

月次祭の同夜、天皇が天照大神をお招きし食事をともにされる親祭を神今食という。

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236月と12月の大祓において、道教的な漢文体の祝詞を唱え、刀や金属製の人形を用いて儀礼を行ったのはどの氏族か。

  1. A東西文部
  2. B忌部氏
  3. C中臣氏
  4. D卜部氏
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正解:A東西文部

東西文部(東漢氏・西文氏)は刀や金属製の人形を用いて道教的な漢文体の祝詞を唱えた。中臣氏は大祓詞を読んだ。

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24律令国家において、特定の神社に与えられ、負担すべき租庸調などの税をすべて神社に奉献し、神社の雑役に従事した民戸を何と呼ぶか。

  1. A神戸
  2. B公民
  3. C部民
  4. D伴造
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正解:A神戸

特定の神社に与えられ、税を神社に納めて奉仕する民戸を神戸(かんべ)といい、神封とも呼ばれた。

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25大同2年(807年)に、中臣氏に圧迫されていた忌部広成が、正史にもれた古伝承をもとに祭祀の根源などを記して撰上した書物は何か。

  1. A延喜式
  2. B古語拾遺
  3. C貞観儀式
  4. D弘仁式
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正解:B古語拾遺

忌部広成は中臣氏に圧迫される状況への批判を含め、古伝承をまとめた『古語拾遺』を撰上した。

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26律令制下において、特定の神社を維持するため、その神社の収入に充てることを定められた郡を何というか。

  1. A国衙
  2. B屯倉
  3. C神郡
  4. D斎宮寮
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正解:C神郡

特定の神社を維持するために定められた郡を神郡といい、8世紀段階で伊勢など8か郡が定められていた。

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27日本の神々も人びとと同じように輪廻の中で苦しむ存在であり、仏法による救済を求めているとする仏教側の思想を何というか。

  1. A護法善神説
  2. B神身離脱説
  3. C惟神之道
  4. D鎮護国家思想
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正解:B神身離脱説

神々も輪廻転生で苦しむ存在であり、仏法による解脱を求めているとする考えを神身離脱説という。

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28大陸文化の影響を受けやすい地に鎮座し、神仏習合が早くから始まり、仏法守護の神として大仏建立を守護したとされる神社はどこか。

  1. A熊野大社
  2. B気比神宮
  3. C鹿島神宮
  4. D宇佐八幡宮
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正解:D宇佐八幡宮

宇佐八幡宮は護法善神説により大仏建立を守護し、後に八幡大菩薩の尊号が贈られた。

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29称徳天皇の時代、神仏隔離を宮中や神宮において徹底し、神宮祭祀の責任者として新たに祭主職に就任した人物は誰か。

  1. A弓削道鏡
  2. B藤原百川
  3. C和気清麻呂
  4. D大中臣清麻呂
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正解:D大中臣清麻呂

大中臣清麻呂の主導により、宮中や神宮での神仏隔離が徹底され、彼自身が神宮の祭主職に就任した。

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30桓武天皇の時代に作成された「皇太神宮儀式帳」に記されている、仏を「中子」、寺を「瓦葺」などと言い換えた言葉を何というか。

  1. A祝詞
  2. B宣命
  3. C忌詞
  4. D寿詞
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正解:C忌詞

神宮の祭りの場から仏教を遠ざけるため、仏教用語を別の言葉に言い換えたものを忌詞(いみことば)という。

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