第236問「万里の長城」の建造が始まったのは、中国のどの時代からか。A春秋戦国時代B漢の時代C唐の時代D明の時代正解と解説を見る正解:A.春秋戦国時代北方民族の侵入を防ぐため、春秋戦国時代から各国の諸侯が個々に城壁を築き始めました。この問題の解説ページを開く →
第237問秦の始皇帝が万里の長城を修築し、つなぎ合わせた主な目的は何か。A黄河の氾濫を防ぐためBシルク・ロードの交易を独占するためC北方民族の匈奴に備えるためD国内の反乱軍を封じ込めるため正解と解説を見る正解:C.北方民族の匈奴に備えるため紀元前221年に中国を統一した秦の始皇帝は、匈奴に備えて城壁を修築してつなげました。この問題の解説ページを開く →
第238問現在残っている万里の長城の大部分は、どの王朝の時代に改修・増築されたものか。A漢B唐C元D明正解と解説を見る正解:D.明現存する長城のほとんどが築かれたのは明(1368~1644年)の時代であり、レンガや石灰が使われ強固になりました。この問題の解説ページを開く →
第239問万里の長城の東端にあたる渤海湾に臨む山海関から、西端の嘉峪関までの総延長距離は約どれくらいか。A約3,000kmB約8,900kmC約15,000kmD約20,000km正解と解説を見る正解:B.約8,900km東端の山海関から西端の嘉峪関までの距離は約8,900kmで、遺構をすべて合わせると約20,000kmに達します。この問題の解説ページを開く →
第240問儒学の祖であり、春秋時代の思想家である孔子が生まれた都市はどこか。A長安B洛陽C北京D曲阜正解と解説を見る正解:D.曲阜孔子は魯の首府である曲阜に生まれ、前漢の武帝が儒学を官学として以来、重んじられました。この問題の解説ページを開く →
第241問「曲阜の孔廟、孔林、孔府」のうち、孔子とその子孫たちの墓所であり200万㎡にも及ぶ広大なエリアはどれか。A孔廟B孔林C孔府D孔堂正解と解説を見る正解:B.孔林孔林は孔子とその子孫の墓所で、現在も孔氏一族の墓地として管理されています。この問題の解説ページを開く →
第242問「曲阜の孔廟、孔林、孔府」のうち、孔子の子孫が代々居住した邸宅跡はどれか。A孔廟B孔林C孔府D孔堂正解と解説を見る正解:C.孔府孔府は孔子の子孫が居住した邸宅で、100を超える堂宇が並んでいます。この問題の解説ページを開く →
第243問カンボジアの「アンコール遺跡群」を建造し、ジャングルの中に都城や寺院を築いた王朝はどれか。Aパガン朝Bアユタヤ朝Cアンコール朝(クメール人)Dシャイレーンドラ朝正解と解説を見る正解:C.アンコール朝(クメール人)ヒンドゥー教寺院のアンコール・ワットや都城跡のアンコール・トムは、クメール人のアンコール朝によって建造されました。この問題の解説ページを開く →
第244問アンコール・ワットの中央にある5つの塔が表現している、ヒンドゥー教の神々が住むとされる山は何か。A須弥山(メル山)BエベレストCキリマンジャロDカイラス山正解と解説を見る正解:A.須弥山(メル山)アンコール・ワットの5つの塔は、ヒンドゥー教で神々が住むとされる須弥山(メル山)を表現しています。この問題の解説ページを開く →
第245問アンコール・ワットの回廊に彫られている、ヒンドゥー教の天地創世の神話を描いたレリーフはどれか。AマハーバーラタB乳海攪拌CラーマーヤナDラーフの物語正解と解説を見る正解:B.乳海攪拌回廊にはヒンドゥー教神話をもとにした「乳海攪拌」などにまつわる場面のレリーフがあります。この問題の解説ページを開く →
第246問12世紀末にアンコール・トムを建造し、仏教を篤く信仰したアンコール朝の王は誰か。Aスールヤヴァルマン2世Bジャヤヴァルマン7世CラームカムヘーンDアショーカ王正解と解説を見る正解:B.ジャヤヴァルマン7世アンコール・トムを建造したジャヤヴァルマン7世は、仏教を篤く信仰しており、仏教的要素の強い建造物が多いです。この問題の解説ページを開く →
第247問インドネシアのジャワ島中部にあり、8世紀後半から9世紀前半にかけて築かれた巨大な仏教寺院はどれか。Aアユタヤ遺跡Bプランバナン寺院群Cボロブドゥール寺院Dバガン遺跡正解と解説を見る正解:C.ボロブドゥール寺院シャイレーンドラ朝によって築かれたボロブドゥール寺院は、自然の丘に盛り土をして石を積み上げた巨大な仏教寺院です。この問題の解説ページを開く →
第248問ボロブドゥール寺院を建造したシャイレーンドラ朝が存在した島はどこか。Aスマトラ島Bジャワ島Cバリ島Dボルネオ島正解と解説を見る正解:B.ジャワ島ジャワ島中部にボロブドゥール寺院が築かれました。この問題の解説ページを開く →
第249問ボロブドゥール寺院の頂上にそびえる、仏教の真理(涅槃)に到達する形態を表す釣鐘型の建築物は何か。AストゥーパBミナレットCパゴダDジッグラト正解と解説を見る正解:A.ストゥーパ寺院の頂上には、仏教の真理(涅槃)に到達する形態を上層へ上がっていくことで表すストゥーパがそびえています。この問題の解説ページを開く →
第250問ボロブドゥール寺院の回廊の壁面に彫られているレリーフの主な題材はどれか。Aヒンドゥー教の神々の戦いBブッダの一生や教えCイスラム教のコーランの教えD古代ジャワの農耕生活正解と解説を見る正解:B.ブッダの一生や教え回廊の壁面には1,300面ものレリーフがあり、ブッダの一生や教えを伝えています。この問題の解説ページを開く →
第251問現在のボロブドゥール寺院が位置するインドネシアで、最も信仰されている宗教は何か。A仏教Bヒンドゥー教Cキリスト教Dイスラム教正解と解説を見る正解:D.イスラム教現在はイスラム教国に残る仏教の聖地として貴重な存在となっています。この問題の解説ページを開く →
第252問チベット仏教の聖地であり、標高約3,650mに位置する「ラサのポタラ宮歴史地区」がある国・地域はどこか。AネパールBブータンC中国(チベット自治区)Dインド正解と解説を見る正解:C.中国(チベット自治区)標高約3,650mに位置するラサは、チベット仏教の聖地であり中国のチベット自治区にあります。この問題の解説ページを開く →
第253問17世紀にポタラ宮の建設を始め、チベットを統一した指導者は誰か。Aソンツェン・ガンポBダライ・ラマ5世Cチンギス・ハンDダライ・ラマ14世正解と解説を見る正解:B.ダライ・ラマ5世ダライ・ラマ5世が17世紀に建設を始めた宮殿であり、歴代のダライ・ラマによる増改築で現在の姿になりました。この問題の解説ページを開く →
第254問ポタラ宮の中で、歴代ダライ・ラマが眠る霊廟などがあり、宗教儀式が行われた建物はどれか。A白宮B紅宮C青宮D黄宮正解と解説を見る正解:B.紅宮政治や宗務が行われた「白宮」に対し、歴代ダライ・ラマが眠る霊廟や膨大な壁画があるのは「紅宮」です。この問題の解説ページを開く →
第255問チンギス・ハンゆかりの聖なる山として、モンゴルで世界遺産に登録されている山はどれか。A天山山脈Bアルタイ山脈Cブルカン・カルドゥンDサガルマータ正解と解説を見る正解:C.ブルカン・カルドゥンブルカン・カルドゥンはモンゴルの北東部に位置し、チンギス・ハンが生まれ没したと信じられている聖山です。この問題の解説ページを開く →
第256問モンゴルの遊牧民の間で古くから信仰されている、石塚などを指す言葉はどれか。AゲルBオボーCパオDストゥーパ正解と解説を見る正解:B.オボー古くから山岳や「オボー」と呼ばれる石塚などに対する信仰が行われてきました。この問題の解説ページを開く →
第257問「シルク・ロード」という名称を19世紀に初めて用いたドイツの地理学者は誰か。AヘディンBスタインCリヒトホーフェンDマルコ・ポーロ正解と解説を見る正解:C.リヒトホーフェン19世紀のドイツの地理学者フェルディナント・フォン・リヒトホーフェンによって初めて使われた名称です。この問題の解説ページを開く →
第258問世界遺産「シルク・ロード:長安から天山回廊の交易網」の構成資産が存在する3カ国は、中国、カザフスタンとどこか。AウズベキスタンBタジキスタンCキルギス共和国Dトルクメニスタン正解と解説を見る正解:C.キルギス共和国カザフスタン共和国、キルギス共和国、中華人民共和国の3カ国が共同申請して登録されました。この問題の解説ページを開く →
第259問シルク・ロードを通じて中国から西方へ運ばれた代表的な物資であり、中国がその製法を秘密にしていたものは何か。A絹B綿C鉄D茶正解と解説を見る正解:A.絹絹の製法は秘密にされており、西方から重宝されたためシルク・ロード(絹の道)と呼ばれました。この問題の解説ページを開く →
第260問シルク・ロードの交易により、西方から日本にもたらされたガラス器などが現在収められている場所はどれか。A法隆寺B正倉院正倉C東大寺大仏殿D中尊寺金色堂正解と解説を見る正解:B.正倉院正倉西方からはガラスや宝石などが運ばれ、東大寺の正倉院正倉にはペルシアからもたらされた白瑠璃碗などが残っています。この問題の解説ページを開く →
第261問7世紀の唐の時代に、仏教経典の原典を求めてインドへ旅し、のちに伝奇小説『西遊記』のモデルとなった僧は誰か。A鑑真B空海C玄奘D最澄正解と解説を見る正解:C.玄奘玄奘が経典の原典を求めてインドから長安に持ち帰り、のちの仏教の発展に大いに貢献しました。この問題の解説ページを開く →
第262問紀元前2世紀、前漢の武帝の命によって西域に派遣され、シルク・ロード開拓の契機を作った人物は誰か。A張騫B班超C司馬遷D鄭和正解と解説を見る正解:A.張騫紀元前139年、前漢の武帝の命によって張騫が西域に派遣されたことで交易の道が開かれました。この問題の解説ページを開く →
第263問シルク・ロードの中継点として発展し、砂漠の中に「千仏洞」とも呼ばれる莫高窟がある都市はどこか。AトルファンBカシュガルC敦煌Dサマルカンド正解と解説を見る正解:C.敦煌敦煌はシルク・ロードの中継点として発展し、東西の人々の交流も活発に行われました。この問題の解説ページを開く →
第264問1900年に莫高窟の第17窟(蔵経洞)から発見された、数万点にも及ぶ経典や文書類を総称して何と呼ぶか。A死海文書B敦煌文書Cロゼッタ・ストーンD甲骨文字正解と解説を見る正解:B.敦煌文書蔵経洞から発見された経典や文書類は「敦煌文書」と呼ばれ、史料的価値がきわめて高いものです。この問題の解説ページを開く →
第265問莫高窟の第96窟に納められている、高さ約35mの巨大な仏像は何か。A涅槃仏B千手観音像C大仏(九層楼の大仏)D弥勒菩薩半跏思惟像正解と解説を見る正解:C.大仏(九層楼の大仏)九層楼(最高層最大の約35mの仏像が納められている)に安置された大仏が存在します。この問題の解説ページを開く →
第266問アジア仏教美術の源流とされ、インドのデカン高原にある断崖に約30以上の石窟が並ぶ寺院群はどれか。Aエローラ石窟群Bアジャンターの石窟寺院群Cエレファンタ石窟群D龍門石窟正解と解説を見る正解:B.アジャンターの石窟寺院群アジャンターの石窟寺院群は、インド最古の仏教壁画が残り、アジアの仏教美術の源流とも言われます。この問題の解説ページを開く →
第267問アジャンター石窟寺院群の壁画のうち、グプタ朝時代の仏教美術の傑作とされる壁画はどれか。A最後の審判B蓮華手菩薩C受胎告知Dアテナイの学堂正解と解説を見る正解:B.蓮華手菩薩第1窟の壁画にある「蓮華手菩薩」は、法隆寺金堂の壁画にも影響を与えたと言われています。この問題の解説ページを開く →
第268問インド古典文化の黄金時代とも呼ばれ、アジャンターの後期石窟が造営された王朝はどれか。Aマウリヤ朝Bクシャーナ朝Cグプタ朝Dムガル帝国正解と解説を見る正解:C.グプタ朝5世紀から7世紀の後期石窟は、グプタ朝時代のものがほとんどで仏教美術が花開きました。この問題の解説ページを開く →
第269問13世紀前半にタイ族が最初に建てた王朝の都であり、「幸福の夜明け」を意味する都市はどこか。AアユタヤBバンコクCチェンマイDスコータイ正解と解説を見る正解:D.スコータイスコータイはタイ族初の王朝の古都であり、パーリ語で「幸福の夜明け」を意味します。この問題の解説ページを開く →
第270問スコータイ王朝の第3代国王で、タイ文字を制定し上座部仏教を国教とした人物は誰か。Aジャヤヴァルマン7世Bラームカムヘーン王Cスールヤヴァルマン2世Dラーマ1世正解と解説を見る正解:B.ラームカムヘーン王第3代のラームカムヘーン王は、上座部仏教を国教とし、クメール文字を改変してタイ文字を制定しました。この問題の解説ページを開く →
第271問スコータイ様式の建築に見られる、スリランカ(セイロン)の影響を受けた仏塔の形はどれか。Aピラミッド型B四角錐型C釣鐘型D玉ねぎ型正解と解説を見る正解:C.釣鐘型ワット・マハータートなどに見られる、スリランカ(シンハラ)様式の影響を受けた釣鐘型の仏塔が特徴です。この問題の解説ページを開く →
第272問13世紀にモンゴル軍の侵攻を受けた高麗王朝が、撃退を祈願して製作した仏教経典の版木はどれか。A大蔵経B法華経C八万大蔵経D般若心経正解と解説を見る正解:C.八万大蔵経韓国の海印寺には、モンゴル軍の退散を祈念して彫造された『八万大蔵経』の版木が所蔵されています。この問題の解説ページを開く →
第273問『八万大蔵経』の版木を保管している韓国の「海印寺大蔵経板殿」において、湿気対策として床に敷き詰められているものは何か。A砂と砂利B木炭・石灰・塩C乾燥した藁Dレンガと陶器正解と解説を見る正解:B.木炭・石灰・塩床には木炭・石灰・塩を重ねて敷き詰め、湿気を調節する工夫がされています。この問題の解説ページを開く →
第274問海印寺の大蔵経板殿に納められている『八万大蔵経』の版木は、全部で約何枚あるか。A約1万枚B約5万枚C約8万枚D約12万枚正解と解説を見る正解:C.約8万枚全部で81,258枚あるため、『八万大蔵経』の名前がつけられています。この問題の解説ページを開く →
第275問アジアとヨーロッパの境界に位置し、古代から交通の要衝として栄えたトルコの都市はどこか。AアンカラBイスタンブルCイズミルDブルサ正解と解説を見る正解:B.イスタンブルイスタンブルはボスポラス海峡などに囲まれ、東西文化交流の要衝として栄えました。この問題の解説ページを開く →
第276問395年のローマ帝国分裂後、イスタンブルを首都(コンスタンティノープル)として繁栄した帝国はどれか。A西ローマ帝国Bビザンツ帝国(東ローマ帝国)Cオスマン帝国Dササン朝ペルシア正解と解説を見る正解:B.ビザンツ帝国(東ローマ帝国)ローマ帝国分裂後は、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の首都となり、ギリシャ正教会とキリスト教文化が栄えました。この問題の解説ページを開く →
第277問6世紀にビザンツ帝国のユスティニアヌス帝によって再建され、ギリシャ正教の総本山となった大聖堂はどれか。Aサン・ピエトロ大聖堂Bアヤ・ソフィアCノートルダム大聖堂Dブルー・モスク正解と解説を見る正解:B.アヤ・ソフィアアヤ・ソフィアはギリシャ正教の総本山として再建されましたが、のちにオスマン帝国によってモスクに改築されました。この問題の解説ページを開く →
第278問1453年にコンスタンティノープルを陥落させ、ビザンツ帝国を滅ぼしたオスマン帝国のスルタンは誰か。Aスレイマン1世Bアフメト1世Cメフメト2世Dセリム1世正解と解説を見る正解:C.メフメト2世メフメト2世がコンスタンティノープルを陥落させ、オスマン帝国の都としてイスタンブルと呼ぶようになりました。この問題の解説ページを開く →
第279問イスタンブルにある「アヤ・ソフィア」がイスラム教のモスクに改装された際に追加された建築要素はどれか。AステンドグラスBミナレット(尖塔)C十字架D鐘楼正解と解説を見る正解:B.ミナレット(尖塔)モスクに改築された際、聖堂内のモザイク画は漆喰で塗り潰され、外部にミナレット(尖塔)が増築されました。この問題の解説ページを開く →
第280問オスマン帝国時代に建設され、歴代のスルタンが居住して宮廷文化が花開いた宮殿はどれか。Aヴェルサイユ宮殿Bトプカプ宮殿Cアルハンブラ宮殿Dポタラ宮正解と解説を見る正解:B.トプカプ宮殿トプカプ宮殿はメフメト2世によって建設され、歴代のオスマン帝国のスルタンが居住しました。この問題の解説ページを開く →
第281問17世紀初めにアフメト1世が建設し、内部の美しい青いタイルから「ブルー・モスク」と呼ばれる建築物の正式名称はどれか。Aスレイマニエ・モスクBスルタンアフメト・モスクCアヤ・ソフィアDウマイヤ・モスク正解と解説を見る正解:B.スルタンアフメト・モスクスルタンアフメト・モスクは、内部が青いタイルで装飾されていることからブルー・モスクとも呼ばれます。この問題の解説ページを開く →
第282問サファヴィー朝の最盛期を築き、1598年にイスファハーンを首都に定めた王(シャー)は誰か。Aアッバース1世Bスレイマン1世Cメフメト2世Dアクバル正解と解説を見る正解:A.アッバース1世サファヴィー朝のアッバース1世がイスファハーンを首都とし、「世界の半分」と称されるほど繁栄しました。この問題の解説ページを開く →
第283問イスファハーンの中心にある巨大な長方形の広場(旧王の広場)を現在何と呼んでいるか。A赤の広場Bイマーム広場Cサン・マルコ広場Dトラファルガー広場正解と解説を見る正解:B.イマーム広場イマーム広場(旧王の広場)は南北510m、東西160mの巨大な広場で、周囲にモスクや宮殿が並びます。この問題の解説ページを開く →
第284問イマーム広場の南側に建つ、青い彩色タイルで覆われた巨大なドームをもつ美しいモスクはどれか。Aシェイク・ロトフォッラー・モスクBイマーム・モスクCブルー・モスクD金曜モスク正解と解説を見る正解:B.イマーム・モスクイマーム・モスクは、メッカの方向に合わせるために広場から約45度ずれて建っており、青いタイルが特徴です。この問題の解説ページを開く →
第285問イスラム教のモスクに見られる、偶像崇拝が禁止されているために発達した幾何学的な植物や文字の装飾模様を何というか。Aフレスコ画Bアラベスク模様Cモザイク画Dステンドグラス正解と解説を見る正解:B.アラベスク模様偶像崇拝が禁止されたイスラム文化において、植物や文字を抽象化したアラベスク模様が高度に発達しました。この問題の解説ページを開く →
第286問インドのアーグラにあるタージ・マハルは、ムガル帝国の第5代皇帝が誰のために建てた霊廟か。A自分自身の墓としてB建国者バーブルのためC愛妃ムムターズ・マハルのためD戦死した兵士たちのため正解と解説を見る正解:C.愛妃ムムターズ・マハルのため第5代皇帝シャー・ジャハーンが、14人目の子供を出産した後に亡くなった愛妃ムムターズ・マハルのために建てました。この問題の解説ページを開く →
第287問タージ・マハルを建設したムガル帝国の第5代皇帝は誰か。AアクバルBアウラングゼーブCシャー・ジャハーンDバーブル正解と解説を見る正解:C.シャー・ジャハーンシャー・ジャハーンは、世界各地から職人を集めて約20年かけてタージ・マハルを完成させました。この問題の解説ページを開く →
第288問タージ・マハルの建築様式は、インドの伝統様式とどの地域の建築様式が融合したものか。A中国建築Bイスラム(ペルシア)建築Cゴシック建築Dローマ建築正解と解説を見る正解:B.イスラム(ペルシア)建築タージ・マハルは、インドの伝統様式とイスラム(ペルシア)の建築様式が融合した傑作とされています。この問題の解説ページを開く →
第289問タージ・マハルの建材として主に使用され、建物全体を白く輝かせている石材は何か。A花崗岩B玄武岩C白大理石D石灰岩正解と解説を見る正解:C.白大理石タージ・マハルは、純白の大理石で建てられており、世界中の宝石が散りばめられていました。この問題の解説ページを開く →
第290問世界三大宗教と呼ばれるのは、キリスト教、仏教とあと一つはどれか。Aヒンドゥー教Bユダヤ教C神道Dイスラム教正解と解説を見る正解:D.イスラム教キリスト教、イスラム教、仏教は、民族や国家を超えて広く信仰されることから「世界三大宗教」と呼ばれています。この問題の解説ページを開く →
第291問キリスト教の開祖であるイエスが、神への愛と隣人愛を説き、十字架にかけられたのはどの帝国の支配下であったか。Aオスマン帝国Bローマ帝国Cアケメネス朝ペルシアDマケドニア王国正解と解説を見る正解:B.ローマ帝国紀元1世紀にローマ帝国支配下のパレスチナで誕生し、その後ローマ帝国内外へと広められました。この問題の解説ページを開く →
第292問7世紀初めにアラビア半島のメッカでムハンマドが開いた宗教はどれか。Aユダヤ教Bキリスト教Cイスラム教Dゾロアスター教正解と解説を見る正解:C.イスラム教6世紀末にアラビア半島のメッカで商人をしていたムハンマドが、神(アッラー)から啓示を受けて開きました。この問題の解説ページを開く →
第293問イスラム教において、唯一絶対の神とされるのは誰か。AヤハウェBアッラーCシヴァDヴィシュヌ正解と解説を見る正解:B.アッラーイスラム教では、唯一神であるアッラーからの啓示を受けたムハンマドを預言者としています。この問題の解説ページを開く →
第294問ムハンマドが迫害を逃れて、622年にメッカからメディナへ移住した出来事を何というか。AエクソドスBヒジュラ(聖遷)C十字軍Dレコンキスタ正解と解説を見る正解:B.ヒジュラ(聖遷)622年にメディナに移住したことをヒジュラ(聖遷)といい、以後イスラム教団が形成されました。この問題の解説ページを開く →
第295問紀元前6~前5世紀ごろにインドで仏教を開いた人物(ガウタマ・シッダールタ)が真理に目覚めた後に呼ばれた尊称はどれか。AキリストBブッダ(仏陀)CアッラーDダライ・ラマ正解と解説を見る正解:B.ブッダ(仏陀)シッダールタは真理に目覚めた「ブッダ(仏陀)」となり、人々が苦から脱却する道を説きました。この問題の解説ページを開く →
第296問曲阜の「孔林」の面積は約どれくらいか。A2万㎡B20万㎡C200万㎡D2000万㎡正解と解説を見る正解:C.200万㎡孔林は孔子とその子孫の墓所で、総面積は約200万㎡にも及びます。この問題の解説ページを開く →
第297問アンコール遺跡群を19世紀に密林の中で「再発見」し、世界の注目を集めたフランスの博物学者は誰か。AシャンポリオンBシュリーマンCアンリ・ムオDハワード・カーター正解と解説を見る正解:C.アンリ・ムオ1860年にフランスの博物学者アンリ・ムオが発見し、遺跡の調査・研究が進められました。この問題の解説ページを開く →
第298問シルク・ロードの「長安から天山回廊の交易網」にはいくつの構成資産が含まれているか。A10B33C55D100正解と解説を見る正解:B.33都市遺跡や関所、宗教施設などさまざまな33の構成資産が点在しています。この問題の解説ページを開く →
第299問スコータイのワット・シー・チュムにある、高さ14.7mの巨大な仏坐像の名前はどれか。Aアチャナ仏Bエメラルド仏Cルンピニー仏Dワット・ポーの涅槃仏正解と解説を見る正解:A.アチャナ仏スコータイのワット・シー・チュムには、高さ14.7mの仏坐像「アチャナ仏」があります。この問題の解説ページを開く →
第300問イスタンブルのアヤ・ソフィアがモスクに改装された際、漆喰で塗りつぶされたものは何か。Aクルアーンの章句Bオスマン帝国の紋章Cキリスト教のモザイク画Dアラベスク模様正解と解説を見る正解:C.キリスト教のモザイク画ビザンツ帝国時代に描かれたキリスト教のモザイク画は、偶像崇拝を避けるため漆喰で塗り潰されました。この問題の解説ページを開く →
第301問オスマン帝国最高の建築家と呼ばれ、スレイマニエ・モスクを設計した人物は誰か。AスィナンBメフメト2世Cスレイマン1世Dイブン・バットゥータ正解と解説を見る正解:A.スィナンオスマン帝国最高の建築家スィナンによってスレイマニエ・モスクが建設されました。この問題の解説ページを開く →
第302問タージ・マハルを建設したシャー・ジャハーンは、晩年どこに幽閉されたか。Aレッド・フォート(デリー城)Bアーグラ城Cトプカプ宮殿Dポタラ宮正解と解説を見る正解:B.アーグラ城シャー・ジャハーンは晩年、息子によってアーグラ城に幽閉され、タージ・マハルを眺めながら過ごしたと言われています。この問題の解説ページを開く →
第303問ボロブドゥール寺院の回廊の壁面には、時計回りに展開する約何面のレリーフがあるか。A130面B500面C1,300面D10,000面正解と解説を見る正解:C.1,300面回廊の壁面には、1,300面のレリーフがあり、時計回りに展開するストーリーが描かれています。この問題の解説ページを開く →
第304問玄奘がインドから長安に持ち帰った仏教経典の翻訳や保管のために、長安に建てられた塔はどれか。A大雁塔B小雁塔C五重塔D九層楼正解と解説を見る正解:A.大雁塔玄奘がインドから持ち帰った経典を保管するために大雁塔などが建てられました。この問題の解説ページを開く →
第305問仏教の教えにおいて、ブッダが説いた「四つの真理と八つの正しい道」を何というか。A十戒B五行思想C四諦と八正道D六法全書正解と解説を見る正解:C.四諦と八正道ブッダは「四諦と八正道」を唱えて、おもにガンジス川流域で伝道を続けました。この問題の解説ページを開く →