茶道文化検定4級 ② 茶の歴史(起源〜利休)

茶の起源から千利休によるわび茶の大成までをたどる分野です。陸羽『茶経』や中国での喫茶の変遷、最澄・栄西ら僧による日本への伝来、『喫茶養生記』、室町時代の闘茶・唐物・同朋衆、そして村田珠光・武野紹鷗・千利休へと続くわび茶の系譜が頻出です。織田信長の名物狩り、豊臣秀吉の北野大茶湯や利休の切腹といった逸話も問われます。人物とその功績・時代を時系列で整理することが得点の鍵となる、出題数の多い重要分野です。

この分野の問題40問を、選択肢・正解・解説つきで掲載しています。まず自分で解答を考えてから「正解と解説を見る」を開いて答え合わせをしてください。

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36世界で初めての茶書『茶経』を著した人物は誰か。

  1. A最澄
  2. B栄西
  3. C陸羽
  4. D明恵
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正解:C陸羽

陸羽が760年頃に世界で初めての茶書である『茶経』を著した。

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37茶の木の原産地として、遺伝子の分析からわかった地域はどこか。

  1. A浙江省
  2. B広東省
  3. C四川省
  4. D雲南省最南端
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正解:D雲南省最南端

遺伝子の分析から、茶の木の原産地は中国南部の雲南省最南端の地域であることがわかった。

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38茶を蒸して固めた餅茶が中国で大流行したのは何時代か。

  1. A
  2. B
  3. C
  4. D
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正解:D

喫茶は唐の時代(618〜907)に大流行した。

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39中国において、現在の煎茶のように急須に茶を入れて湯を注ぐ飲み方が定着したのは何時代か。

  1. A
  2. B
  3. C
  4. D
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正解:B

明の時代になると、現在の煎茶のように急須に茶を入れて湯を注ぐ飲み方になった。

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40平安時代の初期、帰国した最澄が茶園を開いたとされる場所はどこか。

  1. A比叡山のふもと
  2. B宇治
  3. C駿河国
  4. D栂尾の高山寺
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正解:A比叡山のふもと

最澄が中国から帰国した際に、比叡山のふもとに茶園を開いたのが日本における茶の栽培のはじまりだといわれている。

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41『日本後紀』に、嵯峨天皇に煎じた茶をふるまった住職として記されている人物は誰か。

  1. A栄西
  2. B明恵
  3. C最澄
  4. D永忠
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正解:D永忠

弘仁6年(815)、嵯峨天皇が梵釈寺に立ち寄った際、住職の永忠から煎じた茶をふるまわれたと『日本後紀』に記されている。

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42「茶は仙人のように長生きできる薬である」と説き、源実朝に茶を献上した人物は誰か。

  1. A最澄
  2. B珠光
  3. C利休
  4. D栄西
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正解:D栄西

栄西は茶の効能を説いた『喫茶養生記』を著し、源実朝に献上した。

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43禅宗において、抹茶が坐禅修行の際に重視された理由は何か。

  1. A長生きできる仙薬とされたため
  2. B仏教行事の作法であったため
  3. C眠気を覚ます効果と栄養補給のため
  4. D客人をもてなすため
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正解:C眠気を覚ます効果と栄養補給のため

禅宗では、抹茶は坐禅修行で眠気を覚ます効果があり、栄養補給にも良いとされた。

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44近年、福岡市の博多から大量に出土し、栄西以前に日本で抹茶法が伝わっていた証拠とされたものは何か。

  1. A茶筅
  2. B青磁の香炉
  3. C中国製天目
  4. D餅茶
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正解:C中国製天目

九州の博多で中国製天目が大量に出土したことから、栄西以前に抹茶法が日本に伝えられていたことが判明した。

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45鎌倉時代後期から室町時代にかけて、貿易船によって輸入された美術工芸品や書籍などを一括して何と呼んだか。

  1. Aわび茶
  2. B銘茶
  3. C大名物
  4. D唐物
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正解:D唐物

鎌倉時代から室町時代にかけて輸入された美術工芸品や書籍などは「唐物」とよばれた。

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46「茶の味や品質、産地などを飲み当てる遊び」として室町時代に流行したものは何か。

  1. A茶礼
  2. B会所
  3. C喫茶
  4. D闘茶
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正解:D闘茶

茶の味や品質、産地などを飲み当てる遊びとして「闘茶」がはじまった。

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47室町幕府がぜいたくで危険な集まりとして禁止した遊びはどれか。

  1. A茶礼
  2. B連歌
  3. C闘茶
  4. D座敷飾り
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正解:C闘茶

室町幕府は建武式目で闘茶をぜいたくで危険な集まりとして禁止した。

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48将軍や大名が喫茶のために設けた建物を何と呼ぶか。

  1. A会所
  2. B書院
  3. C納屋
  4. D茶室
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正解:A会所

室町幕府の将軍や大名たちは「会所」とよばれる建物をつくり、喫茶の場とした。

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49将軍の座敷飾りや茶道具の保管・選別、喫茶を担当した専門家集団を何と呼ぶか。

  1. A納屋衆
  2. B同朋衆
  3. C茶頭
  4. D宗匠
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正解:B同朋衆

将軍に仕え、座敷飾りや喫茶を専門に担当した人たちを「同朋衆」と呼ぶ。

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50「同朋衆」の先達であり、室町幕府の将軍に仕えた人物は誰か。

  1. A能阿弥
  2. B村田珠光
  3. C千利休
  4. D武野紹鷗
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正解:A能阿弥

座敷飾りや喫茶を専門に担当した同朋衆の先達は能阿弥であった。

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51足利義政の頃までに将軍家に伝わった特に良質な美術工芸品を後に何と呼ぶようになったか。

  1. A大名物
  2. B銘品
  3. C唐物
  4. D国宝
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正解:A大名物

将軍家に伝わった良質な美術工芸品は、後に大名物(東山御物)とよばれるようになった。

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52参詣客に茶を飲ませるために登場した「一服一銭」をきっかけに、移動して商いをする茶屋を何と呼ぶか。

  1. A荷い茶屋
  2. B路傍茶
  3. C茶屋
  4. D出店
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正解:A荷い茶屋

茶道具を棒の両端につるして移動する「荷い茶屋」があらわれた。

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53室町時代の茶人で「わび茶の創始者」といわれる人物は誰か。

  1. A武野紹鷗
  2. B村田珠光
  3. C千利休
  4. D能阿弥
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正解:B村田珠光

室町時代中期の茶人である村田珠光は、わび茶の創始者といわれている。

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54村田珠光が喫茶において重視した精神面を表す言葉はどれか。

  1. A静寂
  2. B冷え枯れる
  3. C無心
  4. D一期一会
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正解:B冷え枯れる

珠光は「冷え枯れる」精神をもって、精神面を重視した茶の湯をめざした。

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55村田珠光の弟子とされる禅僧は誰か。

  1. A一休宗純
  2. B最澄
  3. C大林宗套
  4. D明恵
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正解:A一休宗純

珠光は、禅僧の一休宗純について修行をしたと伝えられている。

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56四畳半の茶室を取り入れ、和物の道具なども取り合わせてわび茶をすすめた堺の商人は誰か。

  1. A村田珠光
  2. B千利休
  3. C武野紹鷗
  4. D今井宗久
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正解:C武野紹鷗

武野紹鷗は四畳半の茶室で唐物だけでなく和物の道具も取り合わせて茶を飲むかたちをとった。

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57武野紹鷗が堺で禅の修行をした際の師は誰か。

  1. A明恵
  2. B大林宗套
  3. C一休宗純
  4. D能阿弥
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正解:B大林宗套

紹鷗は堺の南宗寺の禅僧、大林宗套について禅の修行をしている。

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58千利休が堺のどの組織に属していた商人か。

  1. A大名
  2. B会所衆
  3. C納屋衆
  4. D同朋衆
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正解:C納屋衆

千利休は堺の「納屋衆」とよばれた商人であった。

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59天下三宗匠とよばれる人物に含まれないのは誰か。

  1. A能阿弥
  2. B今井宗久
  3. C千利休
  4. D津田宗及
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正解:A能阿弥

天下三宗匠とは、千利休、津田宗及、今井宗久の3人を指す。

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60織田信長が名物茶道具を強制的に買い取る政策を何と呼ぶか。

  1. A唐物収集
  2. B茶道禁止
  3. C名物狩り
  4. D御茶湯御政道
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正解:C名物狩り

織田信長は唐物道具を強制的に買い取る「名物狩り」を行った。

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61織田信長が家臣の功績によって茶会の開催を許可する政策を何と呼ぶか。

  1. A名物狩り
  2. B建武式目
  3. C茶道奨励
  4. D御茶湯御政道
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正解:D御茶湯御政道

家臣の功績により茶会の開催を許可する政策を「御茶湯御政道」という。

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62豊臣秀吉が天正13年(1585)3月に行った大規模な茶会はどこで開催されたか。

  1. A京都北野天満宮
  2. B京都大徳寺
  3. C正親町天皇の御所
  4. D堺の南宗寺
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正解:B京都大徳寺

天正13年3月に、秀吉は京都大徳寺で茶会を催した。

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63秀吉が関白に任命されたことにちなみ、正親町天皇の御所で行った茶会を何と呼ぶか。

  1. A一服一銭
  2. B禁中茶会
  3. C会所茶
  4. D大茶湯
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正解:B禁中茶会

秀吉は関白就任をきっかけに、正親町天皇の御所で禁中茶会を行っている。

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64秀吉が京都の北野天満宮で全国に呼びかけて開催した大規模な茶会はどれか。

  1. A御茶湯御政道
  2. B禁中茶会
  3. C大徳寺大茶湯
  4. D北野大茶湯
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正解:D北野大茶湯

豊臣秀吉は北野天満宮で誰もが参加できる大規模な「北野大茶湯」を催した。

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65北野大茶湯の際に、秀吉が自ら茶を点てるために使用したとされる茶室はどれか。

  1. A黄金の茶室
  2. B建仁寺の茶室
  3. C会所
  4. D四畳半の茶室
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正解:A黄金の茶室

秀吉は北野大茶湯において、黄金の茶室や茶道具を飾り付けて自ら茶を点てている。

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66千利休の茶の湯の逸話や秘伝を記した、門弟による秘伝書はどれか。

  1. A山上宗二記
  2. B喫茶養生記
  3. C建武式目
  4. D茶経
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正解:A山上宗二記

利休の門弟である山上宗二が、茶の湯の秘伝書『山上宗二記』を著した。

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67千利休が独力で造営寄進を行った大徳寺の門はどれか。

  1. A南門
  2. B中門
  3. C三門
  4. D正門
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正解:C三門

千利休は焼失した大徳寺の「三門」の二層部分の造営寄進を独力で行った。

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68秀吉が千利休に切腹を命じた理由として伝えられているものはどれか。

  1. A大徳寺三門に雪駄を履いた木像を安置したため
  2. B茶の葉を固めたため
  3. C闘茶を広めたため
  4. D北野大茶湯の失敗によるため
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正解:A大徳寺三門に雪駄を履いた木像を安置したため

三門の頭上に雪駄を履いた木像が安置されていることを秀吉が許せなかったことが切腹の理由とされる。

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70日本で最初に茶が飲まれたのが、栄西の帰国以前であったことを証明した遺物はどれか。

  1. A茶筅
  2. B墨跡
  3. C青磁香炉
  4. D中国製天目
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正解:D中国製天目

博多から大量の中国製天目が出土したことにより、抹茶法が栄西以前に伝わっていたことがわかった。

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71村田珠光の精神を受け継ぎ、わび茶を確立した人物として正しいものはどれか。

  1. A一休宗純
  2. B能阿弥
  3. C千利休
  4. D武野紹鷗
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正解:C千利休

珠光や紹鷗の精神を引き継ぎ、わび茶を確立したのが千利休である。

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72千利休が「居士」の号を賜った人物は誰か。

  1. A足利義政
  2. B天皇
  3. C豊臣秀吉
  4. D織田信長
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正解:B天皇

利休は天皇から「利休居士」の号をたまわった。

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73豊臣秀吉の茶頭をつとめた人物として正しいものはどれか。

  1. A明恵
  2. B山上宗二
  3. C能阿弥
  4. D珠光
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正解:B山上宗二

利休の門弟で秀吉の茶頭をつとめたのは堺の茶人、山上宗二である。

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74「わび茶」の発展段階として正しい順序はどれか。

  1. A利休→珠光→紹鷗
  2. B紹鷗→利休→珠光
  3. C珠光→紹鷗→利休
  4. D珠光→利休→紹鷗
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正解:C珠光→紹鷗→利休

珠光がわび茶の創始者であり、紹鷗がそれをすすめ、利休が確立した。

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75次のうち、豊臣秀吉が催した茶会に含まれないものはどれか。

  1. A大徳寺大茶湯
  2. B闘茶の集い
  3. C北野大茶湯
  4. D正親町天皇の御所での茶会
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正解:B闘茶の集い

闘茶は室町時代に流行したものであり、秀吉が催した茶会ではない。

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