データサイエンス数学ストラテジストは、公益財団法人日本数学検定協会が2021年9月に新設した民間資格で、階級は中級と上級の2つです。中級がどのくらいの難しさなのかを知りたいとき、いちばん手に取りやすい数字は合格率ですが、この試験ではそれが手に入りません。
そこで本記事は、合格率が無いという前提のうえで、中級の位置を別の数字から読みます。中級と上級は、問題数も試験時間も受験料も合格ラインも、すべて別の数字で設定されています。その差を並べていくと、中級に何が要求されているかがかなり具体的に見えてきます。
数値は、公式サイトの受験案内(試験概要・出題内容/試験日・出題形式/合格基準・認定方式など各節)、資格紹介ページ、日本数学検定協会の事業報告書、および申込と受験のシステムを運営するCBT-Solutionsの受験案内によります。問題の収録数はケンテイラボの自社データです。
合格率は、受験案内から事業報告書のPDFまで探しても確認できませんでした
先に結論を書きます。中級の合格率は、今回探した範囲では確認できませんでした。「公表されていない」と言い切れるほど網羅的に探せたわけではないので、どこまで見たかを先に書いておきます。
- 公式サイトの受験案内ページ(お申し込み/試験概要・出題内容/試験日・出題形式/合格基準・認定方式/団体での受験の各節)
- 資格紹介ページと、4つの学習分野それぞれのサンプル試験問題が置かれている学習サポートページ
- プレスリリース一覧と、データサイエンス数学ストラテジストに関する個別のリリース
- 日本数学検定協会の事業計画・財務諸表ページにある2022年度から2025年度までの事業報告書PDF
- 申込サイトであるCBT-Solutionsの受験案内ページ
このいずれにも、合格者数と合格率の記載は見つかりませんでした。階級別はもちろん、中級と上級を合わせた全体の合格率も出てきません。合格基準(中級60%以上)は明記されているのに、その基準を何人が超えたかは書かれていない、という状態です。
一方で、同じ協会が実施する実用数学技能検定(数検)については、事業報告書に階級別の合格率の記述があります。同じ団体の同じ報告書の中で、片方には階級別の合格率があり、データサイエンス数学ストラテジストには同種の記載がない、という非対称になっています。理由についての公式の説明は見当たらないので、ここから先は推測になります。
出ているのは受験者数だけ。それも中級と上級を合わせた数字です
合格率が無い代わりに、受験者数は事業報告書に毎年書かれています。試験が始まった2021年度からの推移は次のとおりです。
- 2021年度(2021年9月の試験開始以降):513人
- 2022年度:470人
- 2023年度:396人
- 2024年度:約490人(報告書の原文が「約490人」)
- 2025年度:496人
いずれも中級と上級の合計で、階級別の内訳は事業報告書にも受験案内にも見当たりませんでした。年間500人前後で推移していて、5年分を足しても2,400人には届きません。
この規模は、難易度そのものよりも「難易度の測りにくさ」に効いてきます。受験者の母集団が小さく、しかも中級と上級が混ざった数字しか出ていないため、中級の受験者が何人でそのうち何人が通ったのかを外から推し量る足場がありません。受験者数が少なければ体験談の数も多くはならないので、他人の結果から難易度を逆算する方法は、この試験ではあまり働きません。
落とせる問題数は中級も上級も12問。違うのは母数のほうです
そこで、公表されている条件のほうから中級の位置を読みます。合格基準は、中級が30点中18点(60%)以上、上級が40点中28点(70%)以上です。中級は30問で30点満点なので1問1点、18問正解すれば届く計算になります。
率で見ると60%と70%で10ポイントの差がありますが、落とせる問題数に直すと、中級は30引く18で12問、上級は40引く28で12問と、同じ数になります。違うのは母数のほうで、同じ12問の取りこぼしが、中級では30問中の話、上級では40問中の話になります。
言い換えると、中級の合格ラインは「12問間違えても通る」という緩さと、「5問のうち2問までしか落とせない」という厳しさの両方で読めます。18点は、得意な分野だけを積み上げて届くほど低くはなく、苦手な分野を丸ごと捨てて届くほどにも設定されていません。
なお、学習分野ごとの最低点(足切り)は受験案内に記載がなく、判定は総合得点で行われます。この点は中級・上級で共通です。
90分と120分の差は、1問あたりで見ると消えます
試験時間は中級が90分、上級が120分です。数字だけ見ると上級のほうが30分長いのですが、問題数で割ると、中級は90分を30問で、上級は120分を40問で割ることになり、どちらも1問あたり3分です。科目ごとの区切りはなく、通しで解きます。
つまり中級と上級の差は、考える時間の短さとしては設計されていません。両者を分けているのは出題範囲の広さと必要な正答率のほうで、時間の窮屈さは同じ水準に置かれています。中級だから時間に余裕がある、という作りではないということです。
では中級の3分がどれくらいの重さかというと、それは設問の性格によります。ケンテイラボの収録問題を分野別に集計し、数値を含む問題の割合と問題文の平均文字数を並べると次のようになります。用語を選ぶだけで答えが決まる設問と、手を動かして計算する設問がどの程度混ざるかの目安になります。
分野別の学習タイプ(収録762問の集計)
ケンテイラボに収録しているデータサイエンス数学ストラテジスト[中級]の問題を分野別に集計し、 「問題文または選択肢に数値が登場する問題の割合」と「問題文の平均文字数」を出しました。 数値の割合が高い分野は具体的な数字の暗記が得点を左右しやすく、 低い分野は用語の理解や文章の読み取りが中心になる傾向があります。
この試験でもっとも数値の比率が高いのは「③ 式と方程式・関数」で91%、 もっとも低いのは「⑤ 機械学習の基礎とニューラルネットワーク」で46%でした。 また問題文がもっとも長いのは「⑥ 分類・クラスタリングとモデル評価」の平均65字で、 設問を読み解く負担が大きい分野といえます。
- ① 数と計算の基礎:112問/数値を含む問題 84%/問題文 平均31字
- ② 記述統計とデータの表現:80問/数値を含む問題 61%/問題文 平均49字
- ③ 式と方程式・関数:142問/数値を含む問題 91%/問題文 平均40字
- ④ 図形・三角比と確率:95問/数値を含む問題 84%/問題文 平均36字
- ⑤ 機械学習の基礎とニューラルネットワーク:80問/数値を含む問題 46%/問題文 平均50字
- ⑥ 分類・クラスタリングとモデル評価:80問/数値を含む問題 78%/問題文 平均65字
- ⑦ アルゴリズム関連:92問/数値を含む問題 55%/問題文 平均44字
- ⑧ ビジネス数学:81問/数値を含む問題 64%/問題文 平均63字
数値の比率が高い分野は、数字を単独で覚えるより 「どの制度の・何の基準か」とセットで整理すると定着しやすくなります。 比率が低い分野は、似た用語同士の違いを説明できる状態を目指すと得点が安定します。
五肢択一なので、選択肢を5つ読む時間も3分の中に含まれます。数値を含む問題の比率が高い分野ほど、その3分のうち計算に持っていかれる割合が増える、という読み方ができます。
「数検準2級程度・数学I・Aまで」という目安が、範囲の上端を決めています
公式サイトは「数学のレベル(目安)」を階級ごとに示しています。中級は数検準2級程度で数学I・Aまで、上級は数検2級・準1級および大学初学年程度までです。ここでいう数検は同じ協会の実用数学技能検定で、その合格が受験要件や免除要件になるわけではなく、あくまで難易度の目安として書かれているものです。
この一行が効くのは、上端がはっきりすることです。中級では、数学II・BやIII、大学初学年の微分積分と線形代数の基礎は範囲の外側に置かれます。中級の位置づけも「これからデータサイエンス数学に関わる方を対象とした」「高校1年生程度の数学レベルで問題が出題されます」「リテラシー向上を目的とした基礎レベル」と書かれていて、レベル表記と揃っています。
ケンテイラボの収録問題も、この上端の内側に収まっています。収録762問のうち「微分」「積分」に触れる問題は0問、「行列」に触れる問題は2問で、しかもその2問はどちらも機械学習の混同行列を扱うもので線形代数の行列ではありません。一方で数学I・Aの側の用語はまとまった数が出ていて、収録762問のうち「判別式」に触れるものが24問、「平方完成」に触れるものが12問あります。中級で手が止まりやすいのは微分積分の側ではなく、2次関数と方程式まわりの処理だという配置です。
算数の割合計算から評価指標まで、収録762問が一続きに並びます
もう一つの手がかりは、範囲の縦(レベル)ではなく横(広さ)です。中級の出題は公式の4つの学習分野からで、算数・中学数学・数学I・Aの計算に加えて、機械学習や深層学習の考え方、アルゴリズム、ビジネスでの数字の使い方までが、同じ30問の中に入ります。
ケンテイラボはこの試験の問題を762問収録しています。ケンテイラボ独自の8分野に分けた収録数と構成比は次のとおりです。
収録問題8分野の内訳と比重
ケンテイラボではデータサイエンス数学ストラテジスト[中級]の収録問題を8の分野に分けて整理しています (学習しやすさを優先した本サイト独自の区分で、実施団体が公表している 出題区分そのものではありません)。収録している762問を分野別に集計すると、 最も問題数が多いのは「③ 式と方程式・関数」の142問(全体の18.6%)、 最も少ないのは「⑥ 分類・クラスタリングとモデル評価」の80問(同10.5%)です。上位3分野だけで全体の45.8%を占めるため、 ここを先に固めるかどうかが得点の土台になります。
収録数がいちばん多いのは「③ 式と方程式・関数」の142問で、次が「① 数と計算の基礎」の112問です。この2分野だけで254問あり、扱う内容は因数分解や連立方程式、割合と比、比例と反比例といった、目新しさのないものが中心です。
難しさが立ち上がるのは、そこに「⑤ 機械学習の基礎とニューラルネットワーク」の80問や「⑧ ビジネス数学」の81問が並ぶところです。収録762問のうち「相関係数」に触れるものが10問、「標準偏差」に触れるものが9問、「営業利益」に触れるものが8問あります。一つひとつの計算は数学I・Aの範囲に収まりますが、本番はわずか30問なので、割合の計算と利益の段階と評価指標のあいだを短い時間で行き来することになります。
上級で厚くなるのは学習分野2。16.7%から25%へ動きます
出題の配分も階級で違います。公式サイトが示すおおよその目安では、中級は学習分野1が50%、学習分野2・学習分野3・学習分野4がそれぞれ16.7%です。上級は学習分野1が50%、学習分野2が25%、学習分野3と学習分野4がそれぞれ12.5%になります。
問題数に直すと違いがはっきりします。中級の30問では学習分野2はおよそ5問ですが、上級の40問ではおよそ10問です。機械学習・深層学習の数学的理論にあたる部分だけが、問題数で倍になる計算です。逆に学習分野3と学習分野4は、上級でもおよそ5問のままで、比率だけが下がります。
つまり中級と上級の違いは、全分野が一律に重くなるというより、機械学習側へ重心が移るという形です。中級は4つの学習分野のうち3つが同じ比率で並ぶ、横に平らな構成になっていて、どこか1分野が突出して合否を決める作りにはなっていません。
なお、公式サイトの「試験日・出題形式」欄には上級を30問と書いた箇所がありますが、同じページの試験概要表と合格基準(40点中28点)、CBT-Solutions側の記載はいずれも40問です。中級と上級を数字で比べるときは、上級は40問のほうを見ることになります。
受験資格がないので、中級を飛ばして上級から受けられます
受験資格は中級・上級とも「なし」で、どなたでも受験可能とされています。上級を受けるために中級に合格している必要もありません。階級は積み上げ式になっていない、ということです。
この設計は、難易度を考えるうえで見落とせません。中級は上級の手前に必ず置かれる関門ではなく、受験者は自分に合うほうを選んで申し込みます。そのため中級の受験者層は「上級に届かない人」だけで構成されるわけではなく、久しぶりに数学に触れる人から、まず下から力を試す人までが混ざります。仮に合格率が公表されたとしても、この混ざり方を踏まえずに読むと実感とずれる、という点は覚えておいてよいところです。
受験料は中級7,000円、上級9,000円(いずれも10%消費税込)で、差は2,000円です。高等学校や大学などの学校教育機関で3人以上まとめて申し込む団体受験なら1人500円引きになりますが、一般・学生といった個人の区分別料金はありません。中級と上級を両方受けても16,000円で、どちらの階級から入るかの判断に金額が強く効く作りにはなっていません。
合格したあと、資格に有効期限はなく、更新の制度も設けられていません。取り直しを前提にした難易度の見積もりは不要です。
同じ18点でも、オープンバッジの☆の数は得点の偏りで変わります
最後に、合否のあとに残る指標の話をします。この試験の合格証はオープンバッジで、合格基準に達した人に試験日から3週間程度でメールで案内が届き、記載されたURLから自分で取得する形です。合否そのものは受験終了後に画面へ表示され、成績はスコアレポートとして出力できます。
このバッジは1種類ではありません。中級・上級それぞれに☆☆☆(トリプルスター認定)、☆☆(ダブルスター認定)、☆(シングルスター認定)の3段階があり、合計6種類です。中級の基準は公式に示されていて、「データサイエンス(DS)数学基礎力」と「データサイエンス(DS)数学コンサルティング力」がそれぞれ12点以上なら☆☆☆、それぞれ9点以上なら☆☆、その条件を満たさずに総合18点以上なら☆です。上位2つは総合得点ではなく2つの力の得点バランスで決まる、という形になっています。合格の証明としての差はない、と公式に説明されています。
ここから読めるのは、18点の取り方が1通りではないということです。配分が50%を占める学習分野1で点を固めて18点に届かせる形と、4つの学習分野に散らして18点にする形とでは、同じ合格でも星の数が変わりえます。分野別の足切りが無いぶん一点突破は成立しますが、その場合は偏りがバッジの側に出る、という二段構えの設計です。
難易度を測るときも、この二段を分けて考えると迷いません。通るかどうかの基準は30点中18点で固定されていて、どう通ったかはバッジが受け持ちます。まず18点に届く見込みを立て、そのうえで星をどうするかを考える順番になります。
合格率という一つの数字が無いぶん、判断材料は分散しています。30点中18点という基準、1問3分という時間、数検準2級程度という上端、そして4つの学習分野に散る出題。公式サイトの学習サポートページには4つの学習分野それぞれのサンプル試験問題が中級・上級とも置かれているので、ここまでの数字で当たりをつけたあと、実際の設問で手応えを確かめるのが確実です。